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【ショートショート】『タイムスリップコップ』

 目の前にいるのは、さっき僕のコップを持って行ったあの子だった。

「ごめんなさい。割ってしまいました」

 社内で自前のコップやマグカップを使っているのは僕を含めて少数派になった。使った後には個人で洗うのがルールである。
 今日は偶々、隣席の後輩の女性社員がついでに洗ってくれると言うので甘えたのだった。先日のランチのお礼らしかった。

 飲み仲間の先輩が通りかかる。
「やっちゃったな。これ彼女から貰った大切なやつじゃん」

「えっ? どうしよう」泣きそうな後輩。

 もう彼女じゃないんだけど……先輩に言ってなかったな。

「しょうがないさ。気にしないで」
 意外に大きかった心のダメージを隠すのに苦労した。

 くすんだ青が射す琉球ガラスのコップ。夏に氷と水を入れて眺めるだけであの頃にタイムスリップできる魔法のコップだった。でも、これでもう思い出す事もない。

「彼女さんに申し訳ないです」
 

「実はもう彼女とは……」
「お詫びに明日のランチ……」
 

「えっ? 今何て?」
  

(410文字)


* * *

以上、こちらからお題をいただきました。



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