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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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#短編小説

【ピリカ文庫】『眠れない四月の夜に』

イントロ 真夜中の電話は、リオンからだった。 「前によく行ったあの映画館で例の映画がかかるみたいよ。見に行かない?」 年に数回、忘れたころにかかってくる電話。リオンと僕を繋いでいるものは、今はもうそれだけになった。 「悪いけど先約があってさ。ごめん」 いつも週末は散々暇を持て余しているくせに、予定が被る偶然を嘆く現実も時にはやってくるのだ。 次に彼女が僕に電話する気になるとしたら、たぶん半年は先になるだろう。 - K(ケイ) - BGM:中央線(矢野顕子、小田

【短編】『秋の終わりごろに』

 高校の中庭にプレハブ小屋がある。小屋と言っても優に100人は収容可能だから適切なもっと別の呼び方があるのかも知れない。そこがわたしのいる吹奏楽部の部室だった。  プレハブ小屋の屋根を覆うように植わっている大きな銀杏の木から落ちた黄色の葉っぱを避けるようにして、プレハブ小屋へ続く外のコンクリート通路を急ぎ渡った。  今日は三年生の引退式ともいうべきちょっとしたセレモニーがあるのだ。  部活の最大イベントである夏の定期演奏会が終わった後、先週の文化祭のステージをもって今年

【短編】『スラローマーは人工降雪機の夢を見るか?(金)』

        《前半》 校庭から、ウオーミングアップを終えた部員たちが、トラックを走り始めた声が聴こえてくる。 僕は、数Ⅲの問題集から目を上げ、窓を見つめた。 此処から見えるのはどんよりとした銀鼠の空、そして、ほとんど裸同然の銀杏の枝先。 ただ、一番手前、僕に近い銀杏のてっぺんにある、数枚の黄金の葉が突然目に入って来た。 時折吹く風に、今にも負けて、散ってしまいそうな黄金の葉。 何だか僕みたいだな、と思う。 「僕がここにいる間は、がんばってくれよ」 ふと、黄金の葉

【短編】『春の終わりごろに』

 通っている高校は街の中心部から少し外れにある。部活が終わっての帰り道、賑やかな方へ向かって歩き出す。まあ、中心だろうが外れだろうがこんな退屈な地方都市では大して変わりはない。二年の僕と一つ上で同じ吹奏楽部のゆかりは付き合ってる訳でもないけれど、退屈なこの街を一緒に歩いて帰るのがいつもの事になっている。小さな公園で桜の若木が花をつけていた。 「花見行きてー」 「うだうだ週末まで待ってたら散ってしまうね」 「じゃー、今晩行く?」とゆかり。 「行くか」と僕。 「わかった、着替

【短編】『夏の終わりごろに』

 高校三年の夏休み最後の日曜日、吹奏楽部の定期演奏会は、ヤバいくらい盛り上がって終わった。  うちらの部にとって年に一度の定演はめっちゃ熱いイベントだった。一週間前から恒例の合宿が始まっていて、終わった翌日に解散する。そして北国の短い夏も終わってしまう。  プレッシャーからの解放と終演間もない興奮がごちゃ混ぜになって今夜の高揚感は格別だ。誰が誰を好きだろうがそうではなかろうがそれを叫んでしまいたくなる魔法の夜だった。  同室のフルートの後輩、ピロコがそわそわしている。