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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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2023年5月の記事一覧

【掌編】『若葉の頃は』

 静寂を破る放屁の音が部屋中に響きわたった。 ◇  あいつは元カノのくせに休みになると時々やってきては面白かった出来事や時には仕事の愚痴を吐き出して帰って行く。こんな関係も長くなると以前の恋人時代と変わっていないような気がしてくる。周りも違和感なく見ているようで、それも考えてみると変な話だ。  僕はと言うと、自分の思い描いた通りにならないことだらけでイライラした気分の捌け口を探していたのかも知れない。生活の為と割り切って勤め出したが、苦痛でしかない。書きたいと思っている

【ショートショート】『半分ろうそく』

それは多分我が家だけの言い伝えだった。 『半分ろうそくは幸せのしるし』 家族は皆、朝起きて仏壇のろうそくが半分になっている日は良いことがおこると信じていた。 母は毎夜新しいろうそくを立ててから寝る。 それがあくる朝、半分まで短くなっている日がある。 僕が小学校へ入学するその日も『半分ろうそく』だった。 遠足の日は毎年『半分ろうそく』だったし運動会の日もそうだった。 そんな朝、母は嬉しそうに僕を仏間まで手を引いていった。 おばあちゃんは、傍でにっこり顔で見守っていたものだ。

イカトマトカイ

目覚めるとひとりだった。 そういえば。 玄が朝っぱらから何か作っていたっけ。 キッチンにあったそれは思いのほかイケた。 イカとあさりのトマト煮。 まだ温かかい。 たまらず冷えた白ワインを取り出す。 ほんの昨夜のことで思い出し笑い。   「ねえ、わたしの小指見て」 そういわれるとたしかにちゃんと見たことなんかなかった。 ちょっとびっくりだった。 可愛かった。 そして、確かに短かった。 「ばかね」 玄の手を取りそっとキスをして優しく叱られる。 そのまま小指の先を甘噛み

【掌編】『ナウ・アンド・ゼン』

 昔からそうだけど、時々自分の誕生日を忘れていることがある。  一日の勤めを終えて郊外へ向かう電車に乗り込むと、いつものようにドア脇に立ってただ通り過ぎる街を眺める。一瞬、暗い映画館にいてスクリーンを眺めているような錯覚にとらわれる。そして、目の前を通り過ぎた桜並木のピンク色の景色が、あの頃の自分に引き戻すスイッチになった。 『NOW & THEN』  そのアルバムはいつも行くレコード屋の壁面を飾るアルバムラックの一番目立つ場所に長い間飾られていた。  真っ赤なスポー