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お邪魔します

 電車で1番よくあるタイプの7人がけ椅子、左右の端を覗いた5席。それを均等に区切ったものを、各着席者のスペースとする。
 そこに座ったぼくは、お腹の前に抱えたリュックの中から、文庫本を取り出そうとする。もちろん極力人のスペースを侵さないように心掛けてはいる。しかしそのとき、どうしても肘が自分のスペースから飛び出している。どうもすみません、お邪魔します、と心の中で謝る。
「ラインを割ったか?割ったか?線審の手が上がった!ファール!ファール!痛恨のファール!」
 乗客マンシップにのっとっているつもりだけれど。

 果たして今、文庫本をリュックから出さなければならなかったのだろうか?

 別に乗車中に本など読まなくても目的地には着くし、何もせずに待っていられないほどの長時間というわけでもない。
 それを、ぼくは自分のエゴでラインを割っている。どうもすみません、以外に言いようがない。いや、実際に言いはしないのだけれど。
 数秒のファール、数秒の自問自答。
 まあ仕方のないことだろうとなんとなく結論する。
 
 仕方のないこと、と片付けてしまう様々なことを乗せて電車は走る。
 
 結局本を読み始め、それに飽きてスマホをいじり、イヤホンからはロックが鳴っている。自分の時間が流れる。
 ふと顔を上げると、目の前の席が空き、お年寄りが座った。
 その人が今乗ってきたのか、既に乗っていて立っていたのかはわからない。後者だったら席を譲ることもできたはずだ。もっと早く気づけばよかった、と思う。いい子ぶるつもりはない。年配の方であっても元気な人はいるし、席を譲られることを好意的に思わない人もいる。しかし、それでも、お年寄りがいたことに気づきもしなかった自分の狭量さに腹が立つ。

 昨日できなかったことを今日はやろう。
 そう思って朝を迎える。電車に乗る。いつもと違う時間、乗客は少ない。余裕で角に座れる。
 そもそも電車が混むのがいけないのだ。東京メトロのせいにして、ぼくは目をつむり、よだれをたらす。
 目的地までにだんだんと埋まり始める空席。乗り込んでくるお年寄り。
 主審が中腰になって、ぼくを見ている。

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