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広場恐怖症かもというハナシ

noteは「タメになる」事がなんと多いことか。
しかし、私のnoteに関しては、タメになるかならないかでいうと
ならないことが多いと思います。
それでも目を通してくださった方、スキをくださった方
どうもありがとうございます。

タイムリーにというと良い表現ではないが
「優里 パニック障害と広場恐怖症を公表」 というニュースをみて
ああ、やっぱりたくさんの人がいるんだな と思った。

私は診断こそもらっていないものの、クリニックで出されている
診断チェックとか基準がどう見ても広場恐怖症にあてはまる事が起きて
自分では「広場恐怖症」かも?と思っている。

病院に行かないと…と思っていたけど、私が自覚した当時
コロナがピークに達し、在宅勤務だとか人との接触を減らしなさいという
タイミングだった。
それがあけてどうしても人との接触が増える環境になったら改めて行こうと
思っていた。
しかし、その間に自分で克服する取り組みをして、今はだいぶ落ち着いた。

私自身がこの(たぶん)広場恐怖症を発症したのはコロナ目前。
仕事に関連するプレッシャーと、その仕事がたまたま移動の長い出勤を
伴うものだったので、その関連から発症したのかもと分析している。

最初は電車乗る時にザワザワっとした気持ちになることだった。
その次に、足がすくむようになった。
そして電車移動中、緊急停車したタイミングでパニックになった。
「遅れたらどうしよう」という不安が膨らみすぎて、コントロールできない呼吸になった。たぶんあれが過呼吸なのかなと思う。
真冬なのに汗がだらだらと流れて呼吸が出来ず「これはおかしいな」と
気づく。
症状で調べてたどり着いたのが広場恐怖症だった。

それからは、日によってとにかく調子がかわる。
ㇲッと電車乗れる日もあれば、2~3本は余裕で見送る日もある。
しかし、そのタイミングでコロナの緊急事態宣言で、電車に乗る事が
なくなり、在宅勤務になることで症状が出る事が少なくなった。

その後、緊急事態宣言の解除で
在宅勤務も解除されはじめて、外食もだんだんと浸透してきたころ
また症状が出てきた。

前は電車が苦手だったのに
今回は範囲が広がった。電車+閉鎖された空間や狭い店、地下道なども
ダメになった。そうなると外食そのものも怖くなった。
友人や恋人、家族と誰とでも「出かけられる」となったのに
外出することが苦痛で、家の中にいた。

比較的軽い症状の方なのではないかと思ったけど、これがずっと続くので
あれば病院いって薬をもらう等しないといけないのか?
見えない終わりに嫌気がさして、自分なりに分析をすることにした。
それでもダメなら病院にちゃんと行こうと思った。
病院嫌いではないが、薬をもらうことは最後にしたかった。

「周りに迷惑をかけることが嫌」という根本的な思いから不安が出てきて
症状を発症する。
そして周りに迷惑をかけないようにと考えれば考えるほどパニックになる。

ここをヒントにした。
『迷惑をかけてもいいやと開き直ればどうか?と考えてみるとどうか』
『道端で人が気分を悪そうにしていたり、吐いていたことで嫌な思いと
思った事があったか?』
少なくとも自分は無いな…と思った。
困ってる人がいれば助けたい思いはあれど、かといって普段からそこまで
周りを気にして生きてないなと思った。

多分、他人は自分が思うほど他人の事を気にしていないんじゃない?

そういう考え方を何度も何度も繰り返して、人は私の事を気にしていない
私一人が何かする事で迷惑になることはないと言い聞かせて行動した。
出かける前に瞑想5分していいイメージをつくった。
移動中に不安になる前「やさしい音楽」を聴くようにした。
電車内で広場恐怖症になる気持ちが沸きあがってきそうなら
その音楽を大きくして目を閉じて「自分は一人草原にいる」といった
イメージを持つようにして移動をした。

それでも不安で途中で電車をおりたり、外食時唐突に外に飛び出したい気持ちはあったけど、徐々に徐々にパニックが減った。
そして成功体験が出来ると、その成功体験が強みになってどんどん行動に
幅が出るようになった。
電車に指定の場所まで乗って帰ってくる等、外出の練習もした。

そして症状が軽くなると、今まで言えなかった友人にも打ち明けられるよう
になってきて自分が指定した場所で会ってもらうとか、だんだんと自分の心地いい環境づくりもできるようになった。

今は自分にとって「鉄板の予防対策」が出来ているから
症状も出づらいし、出たとしても自分の中で俯瞰してみることにしている。「あ、今日はちょっと不安が強い日だったんだな」と。


重度の広場恐怖症の人にしてみたら、私の軽さは理解しづらいかも
しれないけれど、軽度でもやっぱり「生きるってこんなつらいっけ」とも
感じたこともある。

「お天気いい日に出かけられて楽しい」って思う日が恋しかった。
美味しいものを美味しいと感じて同じ空間で誰かと共有することが
どれだけ幸せか分かってたから恋しかった。

そんな風に当たり前に感じれるように…その時に戻れる努力、今も継続中。


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