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『鈴木いづみコレクションⅠ ハートに火をつけて!誰が消す』考④

④本牧ブルース

グリーングラスのジョエル。①で悦子がいづみに告げた美男子の名前(愛称)です。本章では、いづみはジョエルに会い、そして彼と一夜をともにします。けれどそこにあった夜は、熟れきる前のささやかな営みのようで不完全燃焼という言葉がぴったりな逢瀬でした。

わたしはだまって彼の顔を見ていた。こんなひとでも、性行為をするんだわ、と半ば関心して。美少年というのは、いくらきれでも、はいつくばってでも女を求めるんだ。おねがい。もっと、はいつくばって。どんなかっこうをしても、あなたは美しいから。

あぁ、この切ないフレーズが、本章のキーワードでしょう。ここにあるのは祈りの言葉の様に見えて、いづみ自身が抱く身のうちの欲望を呪詛するような、そんな言葉にも見えるのです。あなたはこんなに美しい、それに引き換え私の醜さたるや。ジョエルとの性行為には興奮が一切ありません。それどころか、進めば進むほど冷え枯れていく意識が演出されています。まるで受け止めるだけの機械なのです。

本牧ブルースという本章のタイトル。最初は青江ミナのものかとおもいましたが、どうやらザ・ゴールデンカップスのほうの楽曲のようです。なかにし礼が書いた詞。

知らない同士でも 心がかよう
何んにも言わないで 抱きしめあおう
それでいいじゃないか 愛しているなら
名も身の上も 知らないけれど
君は僕のかわいい 恋人なのさ
それでいいじゃないか 愛しているなら
昨日は昨日 明日は明日
二度と来ない今日に 命をもやそう
ぼくのそばにいてね 唄ってあげよう
行きさきなどきかず ついておいで
それでいいじゃないか 愛しているなら

刹那的。としかいいようの無い、一瞬の擦過による火花を見るような物語が、シンクロをして立ち現れてきます。

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