『白い世界が続く限り』 第十四話【試乗会】

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第十四話

 先週ぶりに滑った二回目のスキーボードはとても楽しい。このコースはスキー教室の時の記憶が残ってたけど、その時はもっと苦労して滑った気がする。
 最初から滑り方は判ってるし、恐怖感もない。スキーボードはやっぱり凄い。
「いーじゃんいつみん!」
 クリームグリーンと白のウェアのあきふゆさんがほめてくれながら横を滑っていく。赤いロリサンタとはイメージが大違い……でもないな、やっぱり可愛いな、この人。
 ゲレンデは割と混んでいて子供も多くて盛況だ。そんな中を私を含めたスキーボードの人達が滑っていく。今日は試乗会と言うこともあってスキーボードの人が多いみたいだ。
 清里スキー場の初心者コースはなだらかで長くて平らで真っ直ぐ。話にきいていたとおりスキーボードにはうってつけのゲレンデに感じる。森の中を滑るような佐久穂のスキー場も楽しかったけど、開けた風景の清里も違った雰囲気で楽しい。
 新しいブーツもウェアもいい感じだ。ウェアは軽くて気持ちが揚がるし、ブーツはしおてんさんに借りたものよりもしっくりきているように思う。痛くない、大丈夫だ。
 足元の青い板も滑りやすい。これであきふゆさんやナックさんたちが履いている板は長さは似ているのに、感じ方はまた違ったものというのだから少し期待しちゃう。
 ペースをあわせて滑ってくれてるあきふゆさんたちは、色々と技にチャレンジしている片足だったり、先だけで滑ってみたり?と、そう言うのが自分も滑るようになってどれほど難しいのか感じられるし、出来るようになったらどれほど自由になれるか想像できる。
 いいなぁ、やってみたいなぁ。
 このゲレンデで特別自由に見えるスキーボーダーたち。それを見て周りの子供が真似しようとしてる。
 そう言えばみつまるさんが居ない。立ち止まって少し探してみると、なんか盛り上がった地形の方に黒と黄色のウェアが見つかった。スキーやボードの人たちについて混じって並んで何か待っている。
「ん?どうしたぁ?いつみちゃん。」
「あ、いえ。あれ、みつまるさんですよね。何しようとしてるんです?」
 ナックさんが訊ねてくれたので答える。
「ああ、キッカーね。みつまるはパーク遊び好きだからな。こないだの佐久穂はまだ無かったから」
「キッカー?」
「あのジャンプ台の地形だよ。まだ整備してんのかなぁ?あ、一人行った、見てて?」
 と、ボードの人が地形の方に滑っていった。そしてタイミング良くジャンプして飛び越えて行った!
「ね。ああいう遊び。」
 そのまま遠くから見ていると並んでいた人たちが順番に飛んでいく。そしてみつまるさんの番になった。
 加速しながらキッカーとか言うのに滑っていくみつまるさん。そして頂点からぱっと飛び出すと、スキーボードをX字にかさねて飛んで見事に着地してた!
「わ、凄い!今板がバッテンになりませんでした?」
「あー。あれミュート、今だとウェドルって言ったかなぁ?ああいうトリックだよ~。」
 技の名前?なんかカッコいいな。
「凄いですね!ナックさんは出来るんですか?」
「ん~。できるけどあんま得意じゃないんだよねぇ。」
 ナックさんでも難しいんだ。私には無理かな?
「あれ?興味ある?」
「やってみたくはありますね。」
「へぇ。あきふゆちゃんは悲鳴上げながらあれ、やるよぉ」
 え、あきふゆさんも飛べるの?ちょっと見たい。
「あとで頼んでみなぁ。」
 ……ん?なにやら含みを感じる言い回しだなぁ。これは何かありそうだ。

 結論。あきふゆさんのキッカーはうるさい。

「やだやだやだやだ!ちょっとまってまってまって!きゃああああぁぁぁぁ!!!!」

「ね、悲鳴。面白いでしょう~?」
 悲鳴をあげつつ普通に飛んでるあきふゆさん。着地も転んでない。
「飛べるのにウルサいんすよね。あの人。」
 いっしょに見てたみつまるさんが呆れたように言ってる。着地したあきふゆさんが私達の待つ方に滑って来ると、
「あーーー、怖かった!」
 との言葉。
「ポコジャンなんだから飛べるっしょ?」
「今年初飛びだよ?怖いじゃん!」
「にしてもウルサいっす。なんでこの距離で悲鳴聞こえるんですか。」
「しょうがないじゃん!でちゃうもん!」
 でちゃうもん!であの悲鳴か。
「あきふゆさんはああ言うの苦手なんですか?」
 それに応えるのは何故かナックさん。
「あきふゆちゃんはそういうの好きだよ。絶叫マシンとか大好きだしなぁ」
「え、じゃあ余裕なんじゃ……」
「いつみちゃん。一度あきふゆさんと絶叫マシン乗ってみると良いよ。めちゃくちゃうるさいから。」 
 ……あー。そう言うタイプか。何となく想像つく。
「え、いつみんだって悲鳴上げるでしょ?それがキモチイイんじゃん!」
 仲間を見るような目で見ているのがゴーグル越しにわかる。
「わ……私はどちらかと言えば歯を食いしばっている方で……」
 一応否定しておく。上げてもあんな悲鳴は上げない。悲鳴はかわいい人の特権だと思うし。
 そんな感じで話しをしていると時間になったのに気付いて、再びしおてんさん達の試乗会のブースに向かった。既に準備は済んでいて、カラフルで綺麗なスキーボードがズラリと並んでいる。受付も始まっていて、スタッフの慌ただしさを感じる。
「ケニーさんいそがしそうだねぇ」
「あ~!ナックさん!ちょっと待ってマジで!」
 私より背の高いスタッフの方は忙しそうだった。もう一人のスタッフさんはみつまるさんと似た背格好で、雰囲気も似てる気がする。
「はい、じゃあ受付お願いしますね」
 そのスタッフの方にファイルと筆記具を手渡された。開くと名前とか書く紙がはさんであった。
「内容確認して名前から記入お願いします。身分証はあります?」
「身分証、免許証なら」
 事前にあきふゆさんに聴いていたので用意してある。試乗会では必要なんだそうだ。
「それなら連絡先以外の所を記入お願いします」
 言われて名前、身長、体重、年齢とスキーレベル?初級者でいいかな?ん?解放値とソールサイズってなんだろう?
「ああ、その辺はコッチで確認します……310……」
 スタッフさんが私のブーツの踵の辺りを見て記録してる。
「はい、そしたら身分証とファイルを預かって、此方にも名前お願いします。」
 と、油性マジックと手渡されたのは……園芸ラベル?実家でよく見る奴だぞ?
 それに本名の高橋いづみと書いて渡すと、
「ほいじゃ、これが受付票になるんで、試乗するときに渡して下さい。帰ってきたら板と交換で返すんで、またかりるときに渡して下さい。身分証もどうぞ」
「わかりました。」
 私の名前と三桁の数字と別にもう一つの数字が書き足された園芸ラベルが受付票になるそうだ。外を見るとあきふゆさんやみつまるさんさんたちも同じように書いて手続きしてた。
「あきふゆちゃんは何乗るの?」
 仕事しながら背の高いケニーさんとよばれてた人があきふゆさんに訊ねてた。
「先ずはペンギンでしょ!」
「あー。だろうね。」
「あと、クレーシャは乗っておきたい!」
「いいんじゃね?あきふゆちゃんならセットフロントしてもいいんじゃね?」
「そうなんですか?」
「グラトリ優先なら前寄りが良いってさ。」
「へー。じゃ、試してみようかな?」
「みつまる君はどれ買うの?」
「まだ買いませんって。何だとおもってるんすか?」
「上客?」
 このケニーさんと言う人、なんだかいい人っぽいな。うちのお兄ちゃんと似た雰囲気なのに。
 そのあとも続々と受付に人が並んでブース前は忙しそうだ。しおてんさんは終始色々なお客さんに板を勧めて調整とかしてる。この間のお礼とかしたかったけど、ちょっと今じゃないかな?
 さて、どうしたらいいのかな?
「いつみんはどうするの?」
 困っていると話し掛けてくれるのがあきふゆさん。ありがたい。
「えっと、どうしたらいいのか。」
「んー。遠慮なくしおさんとかスタッフのケニーさんとかちっちさんにこれ乗りたい!って言えばいいよ。早い者勝ちだから。」
 あ、順番とかじゃないんだ。
「ついでだから紹介してあげるよ。ケニーさ~ん、この娘新しいメンバーのいつみちゃん。スキボ二回目だから何か勧めてよ。」
「お、はいよー。えーと、よろしく?」
「よ、宜しくお願いします!」
「スキボ二回目?」
「あ、先週しおてんさんに教えて貰って…」
「あー、しおさん話してた娘ね!スキボどう?」
「楽しかったです。今日は試乗会も初めてで…」
「初めてね。じゃあ早速乗るかい?しおさ~ん、イノセント空いてる?」
「あ、その子イノセントもう乗ったから!オーバードーズあたり勧めて!」
「はいよー、と言うわけでこれ、どう?」
 渡された板は覚えてる、先週にナックさんが履いてた赤い板だ。確かイノセントと似てるとか言ってたから、そんな感じなのかな?
 でも実際に渡された赤い板は随分大きさを感じる。青い板、イノセントと比べて一回り大きい。でも思ったより軽い?
 そこに接客を終えたしおてんさんが話しかけてきた。
「いつみちゃんどうも!ありがとうね!」
「あ、いえ、こちらこそ先日はありがとうございました。」
 よし、お礼言えた!
「今日はここでイノセントかりてるんでしょ?そしたらその板から滑ってみるといいよ。安定感があるタイプで、これ一台で色々あそべるよ。イノセントと比べても違和感が少ないし、万能タイプって感じの板だから。」
「じゃあ、それで?」
 という事で早速履くための調整をしてもらう。園芸ラベルもとい受付票を手渡すと、それを見ながら手早く調整してくれる。
「じゃ、調整確認するんで履いてみて?」
 板にブーツを当てがって、ガチャンとはめてみる。
「よし、オッケー。お、この靴、買ったの?」
「はい、あのあと早速買っちゃいました。」
「良いねぇ。これ、結構スキボ向きの良いやつだよ。楽しめると良いね!」
 しおてんさんが私が選んだブーツを褒めてくれた。嬉しい!
「よーし、じゃあ行こうかいつみん!」
 同じタイミングで準備してもらったあきふゆさんが声を掛けてくれる。
「あ、これってどれくらい滑っていいんですか?」
 しおてんさんに尋ねる。
「20分ぐらい、リフト2、3本ね。」
 20分か、結構借りれるんだな。試食みたいな感じとは違うんだ。
 というわけでまずは初心者リフトの方にあきふゆさんと向かった。

 リフトに揺られる私とあきふゆさん。私の足元には赤い板、あきふゆさんのは青い板だ。
「その板、かわいいですね。」
 飛行船みたいなのが描かれていて、板のお尻の方にはかわいいペンギンが描かれてる。
「ねー。モデル名はイフウィッシュとか言って言いにくいんだけど、ペンギンって愛称で呼ばれてるっぽいね。ペンギンだし。」
「私の方はなんだか不思議なデザイン?かっこいいような、あやしいような?」
 赤が大部分だけどカラフルで、人の形みたいなのが描かれてる。
「オーバードーズはなんて言ったかな?サイケデリックデザインだったっけな。しおさんとこの板はデザインとかめっちゃこだわってるからデザインもいいんだよね。」
 確かに、カタログとかみたらなんかそれぞれかっこよかったり可愛かったり、それぞれ違いみたいなのを感じた。
 イノセントのシンプルなデザインも好きだな。
「こういうのって、どうやって書くんでしょうね?」
「ん〜?プロ?でも確かこのペンギンの絵とかは千葉のメロン農家の人が描いてくれたって言ってたっけ?」
 あきふゆさんが板を見せてくれながら答えた。
「それもまたすごいですね。」
 繊細なタッチだから、すごい細やかな感じの人なんだろうな。桃農家のお兄ちゃんとは全然違う人に違いない。お兄ちゃん、絵なんて全然描けないし。
「あきふゆさんは絵とか描けるんですか?」
 何気に聞いてみた。
「ん〜、描けないことはないけど得意でもないかな。授業でそれなりにかける程度だよ。いつみんは?」
「私もです。ナックさんとかも描けなそうですね。」
「あ、みつまる君は絵が描けるよ確か。」
 え?そうなの?意外!
「見えないよね〜。車修理でそのスキルが役立つらしいよ。お客さんに描いて説明する時」
「あ〜。絵だったらわかりやすいかも。」
 バイクの修理でお兄ちゃんに言葉で説明された時、ほんとわからなくて困ったの思い出した。
 そんな話をしているとリフトは山頂に。いよいよ試乗の開始だ!
「じゃ、左のコース行こうか!」
 あきふゆさんがスーッと滑り降りて行って、私もついていく。あ、なんか足元がもう違う気がする!
 そのままの勢いで初心者コースを滑る。やっぱ違う、なんだろ、安定感がすごい!大きいのに大きく感じなくて、なのにしっかりと支えてくれてる気がする。曲がる時は曲がるし、止まろうと思うと止まれる。イノセントは軽くて意のままって感じだったけど、この赤い板は安定感で楽しめるような気がする、スピードがちょっと出ても全然楽に感じられる!
 へー。ほんと違うんだ。面白いなあ。
 ひとまず下まで降りてくると、あきふゆさんもニコニコしてた。
「いつみん!この板すごい!めっちゃ軽くてめっちゃ回れる!」
 確かに、あきふゆさんはくるくると回ってたな。
「あの茶色の板と比べてどうですか?」
「スノーフェアリー?そうだね、あっちの方が多分しっかりしてる。こっちは軽さと楽さ優先って感じなのかな?ペンギンの方が長さが長いはずなのに、軽さは圧倒的だなぁ。」
「イノセントと比べると?」
「圧倒的に軽い。でも軽いのに乗れる不思議。しおさん、やるなぁ。」
 へー。じゃああとで私も借りてみたいな。
「いつみんはどう?」
「え〜と、なんかすっごい安定感があるっていうか、楽ですね。ハの字とかすっごい楽です。」
「そうだよね〜。その板、グラトリもかなりできるんだよね。」
「グラトリ……。まだ何も出来ないですが……まだハの字ですし。」
「そろそろ足揃えて滑るくらいできるんじゃないかな?やってみる?」
「え?出来ます?」
「現状ほとんどできてるし。じゃ、やろう!」
 え?え??そう言うなりゆき!?
 
 
 

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