『白い世界が続く限り』 第十一話 【秋山冬美のクリスマス】
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第十一話
クリスマスの夜。ロマンチックでキラッキラしてる街。夜に輝く河口湖の水面は、きっと特別に見えるんだろうなぁ。
ウチだって特別だ。だってケーキがある。
「おい、俺食わんぞ。」
「はぁ?せっかく買ってきたのに!」
目の前の父親にはクリスマスなんて関係ないらしい。このオヤジは焼酎と明太子与えとけば喜ぶから、ケーキ買ってこないで明太子にサンタでも乗っけてやれば良かったわ。
「で、真一はどこ行ったんだ?」
弟の真一は大学も卒業間近で冬休みだから週末から帰ってきてる。けど、今日は出かけたからきっとそうに違いない。
「どうせ泊まりでしょ。クリスマスだし。」
「色気づいたもんだな、仕方ねぇか。オマエはいいのか?」
「今ここでオヤジのご飯用意してる時点で気付こうね?」
「まぁ、オマエは色気ねぇからな。仕方ねぇか……」
「シンと意味が違うじゃん!」
酷い親だ!
あたしはそんな親の経営してる会社に勤めてる。零細親族会社みたいなもんだから未来はそんなに明るくない。
しっかし、ケーキくそ旨いなぁ。会社の付き合いで買ったけど今度個人的に買いに行こう。
河口湖って観光地だし遊園地あるし富士山あるしで、結構色々あるんだよね。ただ住むには割と面倒で、こういうケーキやパンはだいたい観光地価格だ。
でもこのケーキはお値段以上に感じる。よし、いつみんに教えてあげよう。
そうだ、昨日は楽しかったなぁ~。いつみんも喜んでたし。よし、メッセ投げてみよう。
……既読つかないな。
あ、そうかバイトあるって言ってたっけ。サンタの格好でケーキとか売ってたりして。
いつみんに次会うの楽しみだな。お昼にはお礼のメッセも来たし。ブーツ買っちゃうなんてなかなか行動力あるよね。
「なんだ、機嫌良さそうだな。」
「お父さんには関係ないでしょ。それよりもう片付けるからね!」
「クリスマスくれぇいいじゃねぇか。ゆっくりさせろ」
「いつもでしょ!全く。」
ダラダラと焼酎飲んでるオヤジはほっといて食卓を片付けて、さっさと洗い物も済ませて部屋について戻る。
じきに二十四になる乙女の部屋とは思えない部屋。とてもじゃないけど人なんて呼べない。彼氏でも出来れば多少は片付けるのかな?無いな。
充電器に指しっぱなしのタブレットを手に持つとそのままドサッとベッドに倒れ込む。あー、布団キモチイイ。
そのままの体勢でSNSのタイムラインを確認する。あー、この世界は平和だわー、みんなクリスマスを恨んでる。
クリスマスかぁ。毎年何か反省するよねぇ。
彼氏……要らないとは言わないけど、全然想像つかない。高校で一応付き合ったことあるけど、なんか続けられなかった。
自分のペースで居られないって言うか、ね。
そんな事を何となく考えてたらメッセージが来た。
お、いつみんだ!
『ケーキおいしそうですね!ぜひ連れてって下さい!
それと休みとか確定したんであとでメッセしてもいいですか?今バイトの休憩中で……』
『あ、ごめんごめん。じゃまたあとで!』
バイトかぁ。遊園地のバイトしかしたことないけど、今思えば楽しかったなぁ。ひたすらポテト揚げてソフトクリーム巻いてたけど、そういうのを子供たちに渡すときの笑顔はとても嬉しいものだったなぁ。
多分、そう言う仕事の方があってるとは思うんだよなぁ。シンがうちに就職したら、転職しても良いかもなぁ。
……ダメだ。なぁなぁと考えちゃってる。別の事を考えよう。
現実に戻ると、散らかった部屋。うーん、そろそろ大掃除の準備しとかないと。
そんな目に赤い衣装が。昨日着た奴、多分もう着ないもの。
……。
着てみた。ウェア無しで着るとオーバーサイズっぽくてこれヤバいな、天使かよ。いや、サンタか。
これ、写真撮ってアップでもしたら人気出るかも?いやいや、人気になりたいわけじゃない!
でも、チヤホヤされるのは悪くない。うん。実はコスプレには結構興味あってやってみたいけど、この身長のせいもあって踏ん切りがついてない。
ガラにもなく鏡の前でポーズとってみる。いいな。
で、こういうことしてるとオヤジとかがノックしないで入ってくるんでしょ?判ってるよベタ展開。
……
来ないな。くそう。見られたい訳じゃないけど、展開を期待しちゃったじゃないか。
って、何をオヤジに期待してんだあたしは!
悔しいから自撮りしていつみんに送ってやろう。
はい、送信。ん!既読?
『ロリにもほどがあります』
え?あ!間違えてグループに送っちゃった!画像を消し……もう消せねぇ!
『あきふゆちゃん昨日の凄く気に入ったんだねぇ。娘が実物で見たいってよ~』
あああ、ナックさんまで……。
『あと余計なお世話かもですが、部屋きたねぇっす』
うがー!
『年末で仕事忙しいんだよ!』
ピロン。写真?
『俺の部屋っす』
なにこのおしゃれ空間。あるべきものがきちんとあって、無駄なく並べられてるだけじゃなくて飾っているようにすら見える。
って言うか、みつまるくんと言えば何枚持ってるか判らないって言うくらいスキーボード持ってたはずだよね?
『え?大量の板はどこに?』
『片付けて別の部屋にありますよ。』
『え?みつまるくんって、お金持ち?』
『シェアハウスって言えば聞こえはいいっすけど、寮なんで空き部屋借りてます』
『みつまるの会社って福利厚生いいよね~。ウチの会社の社宅とかヒドいものだよw』
『そのかわり仕事きついっすけどね』
『土日休みなんだからいいじゃないか』
『よく隣の食品会社から緊急で車両入るんですよね』
『お陰で営業に安心してむかえてるよ~』
話にはきいてるけど、みつまるくんとナックさんは会社が隣どうしなんだっけ?しかし良い流れだ……このままの勢いであの写真か流れて行ってくれれば話題から消えるはず!
ピロン。
『娘が速攻でやってくれました~』
やだ、キラキラロリサンタ。エフェクト入れて超キラキラ!
『むすめ!仕事早いって!』
『これ、プリントしてうちの寮の玄関に飾っときますね。』
『余計なことせんでいい……。消して……消してくれ……』
『なにこの面白い流れw』
ああ、しおさんまで来てしまった。もうダメだ…。
散々遊ばれた。もうお嫁に行けない。なんやかんやで盛りあがってしまって気がついたら十時になろうとしてる。
はぁ。一気に現実きた。お風呂入ろ。
下に降りるとオヤジはまだお酒飲んでた。
「いい加減にして片付けてよね!」
「いいじゃねぇか、クリスタルくれぇ」
さっきと同じ事……じゃない、クリスタルって今言ったな。あれは酔ってるな、近寄らないでおこう。
お風呂入ってスッキリ。髪を乾かしながらスマホを弄ると、お風呂入ってる間にいつみんからメッセージが来てた。
『かわいいですね。』
おいぃ。オマエもそれに反応するかぁ。
『出来心だ。忘れてくれぇ』
『え~』
『ナックさんはもう寝て!』
あ~もう。
そしたら気を使ったのか、グループじゃない方からいつみんのメッセージが届いた。
『すみません、楽しかったです。それで先ほどの話の続きなんですが大丈夫ですか?』
『おっけー大丈夫。バイト終わった?』
『はい、クリスマスなので大変でした。』
『もしかして、サンタの格好とかした?』
『しました。ちょっと恥ずかしかったですが、あきふゆさんほどじゃ無かったかと面白い』
『あ、誤変換しちゃいました、思います』
ワザとだな?
『いやー、見たかったなぁいつみんサンタ。写真無いの?』
『無いですよ、ふふふ』
あるな、これは。是非入手してグループに投げてやる!
『それで週末なんですが確定で休みになったので試乗会に行きたいんですが、またお願いしてもいいですか?』
『もちろん!段取りは前回と同じでもいいけど、なんならアパート寄ってもいいよ?』
『ホントですか!ありがとうございます!』
『その代わり……』
『……その代わり?』
『いつみんサンタの写真を所望する!』
『……友達から入手しておきます……。そんなに見たいですか?』
『絶対似合うし可愛いもん!』
『そんな事は……。あきふゆサンタの方が可愛いじゃないですか』
『可愛いだけじゃ、クリスマスは乗り越えられんのだよ。』
『こっちはデカいだけですよ』
いつみんは本気出したら絶対色気とか出まくるだろうになあ。
まあ、傷の舐め合いはこれくらいにしておこう。
『それで話戻すけど、土曜日は近いし八時半くらいにナックさんたちと駐車場だから、甲府を七時くらいで良いと思うけど大丈夫?』
『七時なら全然大丈夫です』
『アパートはどこなの?』
『ちょっと説明しにくいところですけど、文化会館のあたりです。バイト先のコンビニの方が分かりやすいんで、そっちでお願いできますか?道案内します』
ピロン。と、地図が送られてきた。昭和通りなら何となく判る。甲府駅に向かって……あの辺かぁ。
『おっけー。じゃ、そのコンビニに7時ね』
『宜しくお願いします!』
よし、今週末も楽しそうだ。しおさん、新しい板持ち込むって言ってたもんなあ。
『スキーボードはハマりそう?』
なんとなく訊いてみた。
『はい。週末が楽しみなのは久々です!』
『そっかぁ。それは良かった。』
『ブーツ買った時、実はウェアも買ったんですよ、上だけですが』
『え?スゴイじゃん!』
『たまたまアウトレットで買えたんで、それを着るのも楽しみです。あと必要なものって何かありますか?』
『板はいいとして、ヘルメットかな?』
『ヘルメット?要るんですか?』
ヘルメットは何も知らないいつみんみたいな人にはイメージ無いだろうなあ。
『安全だし快適だしあったかいいいモノだよ!サイズが合えばあたしの予備みたいの貸せるけど、あたし頭は小さいんだよね』
下手すると子供用になるしね、あれ。
『原付のじゃ、ダメですか?』
『どんなのか知らないけど、多分ゴツいでしょ?』
ピロン。
あ、写真きた。うーん、これは多分ダメだろうなぁ。バイク用って感じはないけど、顔前面透明ヤツで覆ってるから多分曇る。
『まあ無くても毛糸の帽子あればとりあえずは大丈夫だよ。』
『スキボ始めるのって、けっこうお金かかりますね。』
そうなんだよねぇ。0からって、揃えるだけでも大変だよね。
『まぁ少しづつだよ』
あ、そうだ!
思い立って襖を開けると……おおぅ、この中は富士の樹海だ。
ガサゴソと確かここに……、おお、あった!
『いつみん!サンタがゴーグルあげるよ!使ってないのあるんだ!』
去年、イベントで当たったけど今使ってる新品買ったばかりで、ヘルメットとのマッチングがイマイチで使わないから取っといたやつ。
『いいんですか?』
『新品で使ってないのあるからあげるよ!貰い物だけど』
多分、今思い出さなかったら永遠に使われなかったものに違いない。
『じゃあ交換で、いちご食べますか?』
『いちご!食べる!』
『じゃあ用意しておきますね!親戚がいちご農家なんです!』
やった、いちごゲット!
その後もたわいないやり取りをして終了。時間を見るともう11時も近いし寝よう、明日は朝イチで発電機引き上げに行くんだっけ?
寝る前にトイレに行きたくて部屋の外に出ると、階下は暗く静かになっていた。さっきまで飲んだくれたオヤジがいた台所は片付けられて、ちょこんと箱のようなものが置いてあった。
冬美へって書いてある。あ、手袋だ。
オヤジのヤツ……明日は明太子出してやるか。
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