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四国遊び遍路 61番~64番

2004年3月28日
5年前の鳴門への旅行のついでに1番から3番まで納札しています。いつかは遍路に行くからとお札をもらってきていました。


行き当たりばったりな札所巡り、区切り打ちの初日となりました。

春に青春18切符と、徒歩あるいはレンタサイクルを使っての遍路とだけ決めています。仕事をリタイアしたら、もう少し日程を取って廻るつもりです。

今は、朝も気ままに発ち、行き当たりばったりですが、お遍路の意味も考えて、写経の奉納とかも考えていきたいと思っています。
 
四国遊び遍路スタートはもうすぐ社会人となる娘と一緒です。
北条を発って、鈍行電車は、何回も特急待ちをします。海に面した菜の花が見事に咲く無人駅には下りてみたりと、本当にのどかな旅です。

命の洗濯、まさにそういう感じがするのです。全自動の洗濯機じゃなくて、福井勝山の母の生家のまえの川の洗い場で、石鹸でごしごし洗って、流れにすすいでいるような手洗い洗濯です。

 海沿いに走るローカル線の旅急行待ちする菜の花の駅

伊予小松で下車。駅前の大きな案内板で確認して、駅のすぐそばにありました。

第62番札所 宝寿寺

ほぼ本堂だけの小さなお寺ですが、桜が咲いて見事でした。今年初めての桜です。お札をいただくとき、初めてなので緊張しながらいただいたものです。そこから1.2km歩きました。

第61番札所 香園寺

ここは大きなお寺で、本堂は体育館みたいなところです。安産のお寺で、腹帯などをもらっている方もおられましたし、お礼参りに赤ちゃんを抱いた方もおられました。

お遍路の方が唱えられるお経を聞きながら、静かにお堂で手を合わせました。何のために手を合わせているのだろうと考えてみました。
さっきまで、何回も手を合わせて、お願いばかりをしていたと気付き、これは違う、目的は先祖供養だったと・・・。
何も考えない没我な時間を心かけていたら、静かになっている自分が居ました。これかなと思いながら、お堂を出ました。
 
没我に浸っていたとき、娘が「何度も呼びかけたのに・・・」と、「ここの弘法大師さんは赤ちゃんを抱いてはったよ」というのです。
お堂に戻ってよく見たら、可愛い赤ちゃんが手の上に載せて折られる像でした。
娘は仏像を見るのが好きだから、しっかり見ていました。それぞれのお遍路があってよしですね。そこから2kmです。

第63番札所 吉祥寺

お迎え弘法大師の像、マリア観音さまの下をくぐれば願がかなうとか、ぽっくりさんとか不思議なお寺です。願通しの岩などとあって、はしゃいで試している私たちを、単独で廻っていた年輩のお遍路さんが笑って見ています。

バスで団体で来られる方とは、一体感が無いのですが、歩き遍路同士は何となく言葉をかわさずしても、同志としての一体感があります。

ここでは、先の寺での、無我を忘れて、「ぽっくりさんってええなあ!おばあちゃんの為におねがいしないとなぁ」などと言って、またまたお願いばかり・・・。あきませんねぇ・・・。

伊予氷見の駅は無人駅で単線。次の列車は1時間半以上あります。次の札所まで3km歩きました。

第64番札所 前神寺

時間が無く、お参りだけ済ませました。
歩いている間、石鎚山をずっと見上げながらの行程でした。さすがに四国の屋根と呼ばれるだけの山です。まだ、雪に覆われていました。山を見ていると、歩くのが苦になりません!

今日の行程は7~8kmと大した距離ではありませんでしたが、歩き遍路の大変さを、初回にして実感しました。次からは、ちゃんと準備をして、もっと勉強をしていかねばなりません。

石鎚駅から列車に乗り、北条、観音寺、宇多津、小島、岡山、姫路、大阪と乗り継いで帰宅は12時前でした。
その間、寝たり、本を読んだり、文庫本1冊「街道を行く」十津川街道を読み上げました。
意外に疲れていません。電車の中でよく寝たからでしょう。きっとひどい顔で寝ていたに違いありません!旅の恥はかき捨てで、まあいいでしょう!

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