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習作集【小説】ソフトクリーム

商店街は夏の陽ざしと人の汗でむせる様な暑さだった。部活の仲間と歩いていた。
心斎橋に昔からあったソフトクリームやさんの前で剛志は立ち止まって、ソフトクリームを買った。
ペロッとひと舐めすると
「はい、食べる?」
と言って有美に食べさしのソフトクリームを突き出した。
真夏の太陽を浴びたアイスクリームはすでに解け始めていた。
大きな舌で舐めた跡が妙に艶めかしくついていた。
「 嫌だ!要らん!」
有美は汚いものを見るような目をして剛志を睨んだ。
すると、剛志は有美の横にいた美知にアイスクリームを突き出した。
「食べる?美味しいよ」
美知は一瞬困った顔をして
「あ、ありがとう」
と言って、舐められていない方から舌の先でペロッと舐めて剛志に返した。た。

有美も美知も他の仲間も大学を卒業してそれぞれに仕事についていた。
時々は、居酒屋で集まっては、会社の愚痴や近況を話していた。
「あの時の有美は恐かったわ! なんで舐めるねん、汚いやろって言って、その後は難波まで一言もしゃべらんで、ほんならって帰ってしまったやん」
と言う美知の顔は少しお酒が廻ったのか上気していた。
「あの時から意識し始めたんやな」
「もう、ええやん、そんな絡まんとってや」
剛志と有美は、卒業後、同棲を始めていた。

有美はそれで気が付いたことがあった。
剛志は、なんでも半分にして食べるのが好きだということだった。
美味しいものは何でも、少ししか残っていないものでも一人で食べてしまうことはなかった。
有美は甘いものに目がなかった。特に生地と生クリームが幾層にも重なったミルフィーユが好きだった。気が付くと全部食べてしまっていた。それでも剛志は怒ったりがっかりすることはなかった。剛志としては半分を与えることさえできたら満足だったようだ。
家事の半分ずつ分担にして、楽しそうにやってくれていた。
それが剛志の優しさだと思って、やがてそれが当たり前になっていった。そのことをちょっと面倒くさいと思うこともあった。
食べたくないときも、好きじゃないものも進められると、二人で食卓を囲むことがうざいと感じ始めていた。
仕事が面白くなり始めた頃、有美は妊娠した。そんな時の剛志からの何でも半分にすることに強いストレスを感じた。仕事の負荷もあり有美は流産した。
数年後、互いに責任のある仕事を任されて、帰りが遅くなることが日常化していた。有美が遅く帰ると、やはり家事も半分残されていた。由美のものの洗濯物は夜露に濡れてはためいていた。そのことを有美は剛志の復讐のように感じてやがて心を病んだ。

今日、剛志と美知の結婚通知が届いた。
有美は思った。美知はきっと剛志の嗜好を優しさだと勘違いして、今は幸せに感じていることだろう。
いやいや、あれはとんでもない風変わりな嗜好だったなと思った。同時にふっと寂しさにおそわれていた。





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