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一枚の自分史:えちぜん鉄道

 父母の故郷で私の生まれた地まで行くには、JRの福井駅から、えちぜん鉄道に乗って勝山まで行く。 
 沿線の駅のほとんどが無人駅で単線の典型的なローカル線である。このローカル線は、京福電鉄が二度の衝突事故で廃線に追い込まれた後、地元住民を中心とした嘆願活動を受けて、2003年に第3セクター線として復活した鉄道で、地方私鉄にしては極めて異例なことに、微増だが旅客取扱数が伸び続けているという。
 その一翼を担っているのが、「アテンダント」の存在らしい。福井とか勝山は高齢者が多く、利用客も多くが高齢者だが、引き継いだ駅舎のバリアフリー化には膨大な費用が掛かるし、駅にも人は置けない。そこで苦肉の策が、若い女性の「アテンダント」だった。
 乗車券の販売から沿線の案内、高齢者の介助など、アテンダントたちは乗客への目配り、気配りをする。これは車掌ではなく、あくまでもお客様を”もてなす”ことで最大のサービスを提供している。このサービスが奇しくも乗客数のUPに結びついた。彼女たちのことは「ローカル線ガールズ」という本にもなっているそうだ。全国のローカル線が視察に来るにいたったという。ちょっといい話になっていた。
 その上この鉄道の車両は、京福時代には南海電車、今も阪神電車の車両の払い下げを使用しているとかで、その車両自体も関西人の私にはどこか懐かしい。
 えちぜん鉄道、勝山永平寺線の沿線には、春は桜が咲き、前方にはまっ白な白山が見える。終点の勝山の駅前には恐竜がいた。九頭竜川を渡って、恐竜博物館を目指して走ると小高い丘のような村岡山(むろこやま)が見える。その中腹の家で私は生まれた。
 その後は大阪で育った。私たちきょうだいは学校の長い休みは母の郷に預けられていた。京福電鉄は格別にゆっくり走った。町で育った私たちはその遠さに辟易とし、車窓の景観にはすぐに飽きた。
 それから数十年経って、えちぜん鉄道に変わってからも何回か乗った。いつも墓参や法事、哀しい訪問ばかりだったせいもあり、白山の眺めや九頭竜の流れに格別の感傷を覚えた。アテンダントの素朴な語り口調と訛りに癒された。

 私にはえちぜん鉄道に絡んで不思議な体験がある。
 母が亡くなったのは7月30日。2004年8月お盆のことである。認知症がすすんで、母の記憶は福井で暮らした少女時代にいつも戻っていた。最期に母は故郷に帰っているような気がして墓参することにした。
 午前中に菩提寺のお寺の盂蘭盆会に出てから福井に向かったのだが、お寺で胸が苦しくなった。まるで重い荷物を背負っているようだった。きっと、気の持ち方なんだと思い、切り替えようとするけれど、そうすればそうするほど気持ちは滅入る。だからといって家に居て悶々と過ごすことの方がやりきれない。調子は悪くても、強行することにした。
 大阪駅の発売機ででサンダーバードの座席指定を買った。電車に乗っても不調はずっと続いた。寂しい一人旅だった。一人で帰るのは初めてだった。若い日から好きだった一人旅があんなにも寂しかったのは自分が思うより心が弱っていたからだろう。
 福井から勝山までは、以前は京福電鉄が走っていた。30年ぶりに乗ろうとしたら、乗り場はそのままあるのに、何処にも案内がない。おかしい。
 えちぜん鉄道勝山、永平寺行き、三国、芦原温泉行き。どうもこれらしい。何年か前にあった事故以来、京福電鉄は撤退しえちぜん鉄道に変わったらしい。
 相変わらずの単線で、上下線の入れ替えを駅々で行いながら進む。上下にがたがた揺れるローカル線の旅。ますます寂しさが増すばかりだった
 懐かしい轟(どめき)という駅名、小舟渡は釜風呂の思い出がある、九頭竜川が車窓一杯に開けて、点々と鮎つりの人がいる。あまりにも変わっていない。思わず声をあげそうだった。
 見覚えのある山々が見えてくると、ずっと続いていた胸の苦しさが納まってきた。
「帰って来たよ。お母さんもここに帰ってきているのでしょう」
 私は大阪から母を背中に背負ってやってきたのか。電車が白山の見える川原沿いを走り出したときに背中から降りたのだろう。あの場所でふっと体が軽くなった。同時に、母を故郷につれて帰ることができた喜びが満ちてきた。

 勝山駅に従弟が迎えに来てくれていた。仏壇に手を合わせ、お墓にお参りして、やっと人心地がついた。あれは一体なにだったのだろうか。
 記録的な猛暑となったこの夏が、台風14号が持ち去ったかのように、急に秋が始まった。その年も猛暑と言われた夏だったが、暑いという記憶がないままに終わった。
 あの日の日記の最後は、こう締めくくっている。やっと、夏が来た。そして、去っていこうとしていた。涼しい。寒いぐらいに。

えちぜん鉄道に乗りたくなった方、ホームページはこちらです。http://www.echizen-tetudo.co.jp/


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