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もう、転ばないと思っていたのに・・・

70歳になったら、もう転ばないと思っていた。60代では、まだ走れた。だからつい走ってしまって、その挙句よく転んだ。だが、70歳になったらもう走れない。だから転ばない。そう思っていた。のに・・・。
山歩きでも、転ぶのは下りだ。膝のバネが擦り切れているから、一歩一歩を慎重に下ろしている。体重増加が順調になってからでもめったに転ばなかった。のに・・・。

だが、今年の1月に派手に転んだ。それは見事にぶっ飛んでいた。

午前中からあちこち出かけて歩き回って草臥れていた。その後に、大切な人の忌明け法要の集いに参加しての帰りだった。
まだまだ、宵の口なのに、地下鉄の車内にはしたたかに酔っ払っているシニア男性が二人いた。二人して足元はおぼつかない。嫌な感じがした。
天王寺に着いた。係わりになりたくなくて、追い抜きたいが、大の男が二人、道いっぱいになってふらふらと歩いて行く手を塞いでいた。追い抜けていたら、あんなことにはならなかったのに・・・。
のに・・・、が3回以上続くと事件が起こる。

上りのエスカレーターがあった。前の二人は動いているステップにタイミングを合わせて乗ることがすでに困難だった様子だった。すぐ後に乗るのは危険だと察知してかなり距離を置いて乗ったはずだった。

あり得ないことに、登り切った出口手前でやはり下りられなかったのだろう、その御仁、いや、その親父はカエルが手足を広げた体で倒れていた。それを起こそうとして、もう一人が行く手を完全に阻んでいた。
道を開けてくださいという声は届かない。その上を乗り越えられそうにもなかった。一瞬のことだった。下方から強い力でどんと突きあげられて、私は上に向って華麗に飛んでいた。エスカレーターを越えたところで倒れている私を人が次々と飛び越えて行った。
突き飛ばした人を恨んだ。けれど、そのおかげで、私は酔っ払いの上に折り重なることはなかった。一歩間違えたらソウルの梨泰院雑踏事故の二の舞だった。後ろの人は、ここで詰まらせたら次々と人が上に重なっていく、危ない、だから私を思いっきり押し出した。見事に飛んで、私は退出路を開けたのだ。

若かったら飛び越えられたところだろう。転んでも「痛たた!」で済むところだけど、飛んで落ちた時に強い力がかかったらしい。右足に激痛が走った。しばらくは動けなかった。あまりの激痛に涙を流して叫んでいた。駅員さんが何人も飛んできて、救急車を呼ぶと言う。
「いや、ちょっとだけ待って、収まるかもしれないから」
そう言いながらも、捻挫とか、打ち身とか絶対に何かあるだろうと思った。
が、結局は右足が攣っていただけだった。
その後も膝に青あざだけが1週間ほどあっただけだった。
今から思えば、大騒ぎして恥ずかしいたらありゃしない。

多分、酔っ払いの定義では一方に酔われると一方はしっかりしてしまう。その一方の方にはご心配をかけた。恥ずかしくて、後日、もう大丈夫ですと電話もできなかった。
当の酔っ払い親父からは電話の1本もかからなかった。しかも、私が痛がっている時、にやにや笑っていた。
「許されへん! あの親父! 私よりきっと若いに違いないのに、何やってくれてんねん。迷惑をかけるほど吞むなよ!バ~カ」
と悪態をついておく。

この年齢で酔っ払いが出没する夜に賑やかなところを出歩くのはなるべく控えた方がいい。どんなトラブルに巻き込まれるやしれない。
そういう私も千鳥足で帰ってきたことが人生の中で数回はある。確実にある。もう、あんなことはするまいと思う。あの親父のような姿はさらしたくないし、人に迷惑をかけたくない。
とにかく正体がなくなるほど吞まない。お酒はすこしだけゆっくり楽しもうと思う。周りを見ていても、同級生たちも昔ほどのことはない、みんなお酒も弱くなったなと思う。

元気だと思っていても、とっさに体は動かない。危険察知能力も衰えている。とにかく先を急ぐと碌なことはない。ゆっくりとを心掛けることに越したことはない。
私たちには後がないから急ぎたい。でも動けない。ますます時間は限られる。永遠の命も永遠の若さもないととっくに知っている。ただ、終わりが来るから、限りがあるからこんなにも毎日が愛おしいと思える。

元祖山ガールで重いザックを背負って山川を颯爽と跋渉していたことも、体型もシュッとしていたことも、仕事して子育てして社会貢献していたスーパーウーマンだったこともすべては過去の栄光になった。かなり盛って書いているけれどお許しあれ。
今はポンコツばあちゃんになったと思う。ところが、これらのポンコツぶりを数え上げていると妙に愉しくなって自然に笑えてくるのだ。
どれだけ、この先は「このポンコツと笑いながら付き合うか」らしい。
私の終活は片付けることより、いかなる愁嘆であれいかに楽しむかに尽きるらしい。「見事な終活」それを書くしかないかと思う。

他の人は知らんけど・・・。


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