地域住民の主体性がもたらすいきいきとしたコミュニティ ---にぎやかな通りの理論(Busy Streets Theory)
通りの環境改善によって、安全で健全なコミュニティができるという理論=Busy Streets Theory
みなさんは、Busy Streets Theoryと呼ばれる理論をご存知でしょうか。
Busy streetsとは、「にぎやかな通り」や「繁華街」と訳せることばです。
Busy Streets Theoryは、犯罪予防で有名な「割れ窓理論」に代わるものとして提案された理論です。まだ日本ではあまり知られていない理論のため、定訳が見つかりませんでしたので、ここでは「にぎやかな通りの理論」と呼ぶことにします。
「にぎやかな通りの理論」は一言でいうと、通りの環境を改善することで治安がよくなり、安全で健全なコミュニティができるという理論です。
有名な「割れ窓理論」は治安が悪化していく仕組みは説明してくれるけれど、治安が良くなっていく仕組みは説明してくれません。なので、この「にぎやかな通りの理論」は、その仕組みを明らかにしてくために考案されたというわけです。
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"にぎやかな通り"をつくることで安全で健全なコミュニティをつくる
この「にぎやかな通りの理論」はコミュニティ・エンパワーメントの理論家として知られるZimmermanの研究グループが2015年に提唱しました[*1]。
にぎやかな通りをつくるためには、なにが必要だと言っているのでしょうか。
まずは論文に掲載されている次の図を見てみましょう。
図の一番右側に「安全で健全なコミュニティ」とあり、これがこの理論の目指すアウトカムになっています。次にこの図では、「安全で健全なコミュニティ」は「にぎやかな通り」によって実現するということが描かれています。
また、一番左側の5つの要素・変化を生む新しいアクションが、「にぎやかな通り」を実現するために必要であると描かれています。
にぎやかな通りの環境をデザインすることで、個人やコミュニティの課題を解決する
中心的な概念である「にぎやかな通り」とはどのようなものなのでしょうか?この論文では「にぎやかな通り」は、構造的な障壁を克服するために必要な社会的プロセスと資源がある場所だと論じられています。
構造的という言葉は難しい概念ですが、個人やコミュニティの問題は環境の影響を受けており、さまざまな課題や障壁は環境との不適合の結果であるともいえます。そのため、ここでは環境をデザインし、変えることで個人やコミュニティの課題に介入できるという立場を意味します。
社会的プロセスは、目に見える形では道を歩く人やおしゃべりをしている人など、インフォーマルな交流の機会があり、そこから深い社会的なつながりが育まれるという過程を意味しています。
最後の資源というのは、地域の公園や集会所といった具体的な場所や、行政による制度や社会的な決まりごとなど、ある行動を起こすときに利用できるものを指しています。
エンパワーメントー私たちが何か変えることができるかもしれない、という感覚とプロセス
「にぎやかな通り」の背景には、もう一つ重要な考え方があります。それが、エンパワーメントです。
エンパワーメントとは、何らかの理由でパワーの欠如状態(powerlessness)にある個人や集団やコミュニティが、自らの生活にコントロール感と意味を見いだすことで、力を獲得するプロセス、および結果として獲得した力のことを言います[*2]。
私(たち)には何もできないんだというゼロの状態から、何か変えることができるかもしれないというイチの状態へと、個人の努力に訴えるのではなく、環境を変えることで向かわせようという考え方です。
にぎやかな通りをつくるためには、エンパワーメントの5つの要素(①社会的結束 ②コミュニティ感覚 ③集団的効力感 ④ソーシャル・キャピタル ⑤社会的統制)があると言われています。ここからは5つの要素とその関連性を説明していきます。
①社会的結束 Social cohesion
コミュニティに対するエンパワーメントにおいては、まずは「私たち」という言葉を使いたくなる感覚を醸成することから始まるでしょう。
「私たち」という感覚はどうやったら育むことができるのでしょうか。「私たち」という感覚の土台には、社会的結束( social cohesion) という状態があります。
これは人々の間につながりや絆があるという感覚のことですが、もう少しシンプルに、集まる機会があると思うこと、連絡を取り合えると思うこと、などと考えてもよいかもしれません。
つながりがあったり、体験を共有することで、人々は似たようなボキャブラリーを持つようになります。自分について語るときに、類似したボキャブラリーを持っていることが「私たち」という感覚の土台であることが論じられています[*3]。
自分について語り合うことで、共通の苦しいことと共通の感動、つまり、共苦と共感の2つが表明されます。この共通のボキャブラリーで語られた共苦と共感が人々の中に「私たち」という感覚を呼び起こすと考えられるでしょう。
②コミュニティ感覚 Sense of community
「私たち」の感覚のひとつに、コミュニティ感覚( sense of community )というものがあります。
コミュニティ感覚とは、他者との類似性の知覚、他者との承認的相互依存、人が他者に期待するものを他者に与えたり他者に対して行ったりすることによって、この相互依存を進んで維持しようとする気持ち、自分はある大きな依存可能な、そして安定した構造の一部分であるとの感情であるという定義があります[*2]。
相互依存とは、何かをやってあげたら、お返しに何かをやってもらえることを期待できるという状態です。まず、「自分は何かを受け取っていたんだ」と気づくところから贈り合うことの連鎖が始まります。
③集団的効力感 Collective efficacy
お互いに影響を与え合うという関係から、より大きな関係の一部で自分が役割を果たしているという感覚へとつながっていきます。この感覚をベースにして、集団的効力感 (collective efficacy )が醸成されます。
これは、「私たちは何かを始めることができる」という感覚です。新しく何かを始めるということは、人間にとって本質的な活動です。この感覚を抱くことが「にぎやかな通り」を作り上げる様々なアクションへと繋がります。
例えば、後に述べるアメリカミシガン州のフリントの事例では、殺伐として寂れたまちを安全で魅力的にするために、自警団活動やコミュニティガーデンの取り組み、空き家問題の解消などの政策への市民参加が行われました。
④ソーシャルキャピタル Social capital
⑤社会的統制 Social control
「私たち」が何かを新しく始めようと思えるようになるには、コミュニティの外側からの援助が必要になります。その援助を表す概念がソーシャルキャピタル (social capital) と社会的統制 (social control )の2つです。
ソーシャルキャピタルとは、社会の中にある資源や制度のことです。
「私たち」が何かを始めるにあたって、市民と行政との関わりを例にとると、集まるための会議室の存在や、各種支援制度などが挙げられます。コミュニティの外側にあるもので、環境の側の要因と言えます。
社会的統制は、ゴミ捨てルールのような社会の規範によって、反社会的な活動が抑止されていることを表します。これもコミュニティの外側から活動を助けてくれるものになっています。
長くなりましたが、以上がにぎやかな通りを作るためのエンパワーメントの5つの要素になります。
では、どうやったらこれらのコミュニティ・エンパワーメントの要素を育むことができるのでしょうか。事例を見ていきましょう。
事例紹介ーにぎやかな通りとコミュニティ・エンパワーメントの関連性(ミシガン州フリント)
ミシガン州フリントの事例では、街を安全で魅力的にする活動に対する市民参加の主体性の度合いによって、コミュニティ・エンパワーメントの要素の醸成に違いがあったことが論じられています[*4]。
フリントはもともと自動車産業で栄えた街でしたが、まちが寂れるにつれて治安が悪化していました。そこで、環境デザインによる犯罪防止アプローチ(CE-CPTED)によって、地域の環境を整えることによる治安の向上が目指されました。
対象となったのは次の図にあるカリアージタウン地区とスティーブンソン地区、モットパーク地区の3箇所でした。
カリアージタウン地区の治安悪化の原因は、通りに面した酒屋にあると分析され、行政主体による酒屋の買い取り、閉鎖交渉が行われ、代わりにファストフード店をオープンさせました。また、空き家の取り壊しなど、環境の整備を行い、他にもゴミ拾い活動や公園でのイベントの開催などが行われました。これによって治安には改善が見られましたが、カリアージタウン地区の住民はこの活動に主体的には参加しておらず、行政の呼びかけに応える程度でした。
続いて、スティーブンソン地区では、麻薬や暴力犯罪のホットスポットがありました。そこで、自警団を組織して、パトロールや清掃活動、空き地の手入れ、雑木林の伐採などの活動を行いました。これらの活動のほとんどは行政によって始められたものでしたが、住民参加型のプロセスを通じて計画・実施されたという点で、カリアージタウン地区よりも住民主体の色が濃い取り組みでした。
最後のモットパーク地区には、もともと自警団活動や清掃活動を行う活発な自治会がありました。モットパーク地区での活動は、この自治会を行政が支援する形で、中央公園の美化や空き地の草刈り、パトロールなどの活動が行われました。
モットパーク地区の住民は、自ら活動を計画し、実施したため、最も高い主体性を発揮していました。
住民主体の度合いは、モットパーク地区が最も高く、次いでスティーブンソン地区、カリアージタウン地区の順でした。この事実と「にぎやかな通り」の関係性について、以下の図が報告されています。
この図はそれぞれの地区の住人にインタビューを行い、列名にある概念について言及があった割合を黒色の濃さで表しています。
まず、列の一番左側の「通りでの活動(Street Activity)」を見てみると、どの地区でも通りににぎやかさが取り戻されたと答える人がいることが分かります。
一方で、社会的結束(Social Cohesion)が観察されたのは、住民主体の度合いが最も高かったモットパーク地区だけでした。
他の項目を見てみても、住民主体の度合いが高まるほど、色のついた項目が増えるという結果にあり、住民参加がコミュニティの活性化に与える影響があるという仮説を抱くことができる結果でした。
まとめ:よりよい活動の生まれる場所をつくるために
この記事では、「にぎやかな通り理論」について解説しました。
にぎやかな通りは、地域のために何か行動を起こしたいという思いから生まれます。
そうした思いを生むためには、コミュニティ・エンパワーメントの理論が提唱してきた5つの要素(①社会的結束 ②コミュニティ感覚 ③集団的効力感 ④ソーシャル・キャピタル ⑤社会的統制)を育てる必要があります。そして、そのためには住民参加型の活動が効果的である事例を紹介しました。
みなさんの関わっているコミュニティについて、この記事で解説した概念が育まれているかチェックすることで、よりよい活動の生まれる場所になる助けになれば幸いです。
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