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橙色の夜

おしいれのぼうけん

オレンジ色の灯りが嫌いだ。
理由はわりとはっきりしていて、幼稚園の年長の頃読み聞かせられた「おしいれのぼうけん」という絵本が原因だ[1]。細かい部分は覚えていないけど、何か悪さをした罰として押入れに閉じこめられた男の子2人が、ネズミの魔女が支配する暗闇の世界に迷い込んで冒険するみたいな話だったと思う。その中で、オレンジ色の電灯が立ち並ぶ無人の高速道路を渡る場面がある。寒々しい道路が嘘っぽいオレンジ色の水銀灯で照らされる様を描いた挿絵が物凄く不気味だった。二人が道路を走ってネズミの魔女から逃げる途中で、突然電灯がぐにゃりと動き出す。なんと橋を照らす電灯は全て魔女の手下のネズミ達が化けたものだったのだ―。

…怖くない?
ちょっと幼児に読み聞かせるには設定凝りすぎてない?
きっと読み聞かせ自体も相当上手かったんだと思う。まんまとトラウマになり、それ以来僕はオレンジ色の電灯が苦手になった。

オレンジ色の夜

ところで、室内灯には大抵豆電球が付属していて、照明を完全に落とさずにオレンジ色の灯りで照らす設定がある。常夜灯とか保安灯ってやつだ。これを子供の頃は「夕方にする」と呼んでいた記憶がある[2]。この常夜灯は子供の頃平気だった。寧ろ完全に消していると怖くて眠れなかった。オレンジ色の光で照らされた空間は相変わらず少し薄気味悪かったけれど、真っ暗闇よりは幾許かマシだったのだと思う。でもいつ頃からか僕は完全に消灯して寝るようになり、寧ろ常夜灯を点けていると気になって寝付けなくなった。

今はどうなんだろう、と思って常夜灯を点けて寝ようとしてみた。正直に言うとちょっと落ち着かない感じがする。実は完全に照明を落としたところで真っ暗闇ってのは意外と実現しない。表の灯りで薄っすら室内の様子が見える程度の明るさは得られてしまうからだ [3]。一方で、常夜灯で照らされた室内は物質的には同じでも、彩度が落ち均質化されて見える。オレンジの光に塗りつぶされた壁や本棚がどこか偽物っぽくておどろおどろしく感じるのはそのせいだ。
成程。本当に怖いのは見えないことではなく、いつも見ている風景が変質することだ。”一見外側はそのままで、いつの間にか中身がすり替わってしまっていたら”、そういう想像はまるでいつか絵本に見た水銀灯の悪夢のようで背筋が粟立つ。
うん、なるほどそうか、これはこわい。そう頷いて消灯し、ブルーライトで網膜を焼きながらスマホのメモ帳に所感を書き留めている。

本当に怖いのは睡眠不順だよ。
寝る前にスマホ触るのはやめような。


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[1] この幼稚園にはいろいろトラウマを植え付けられていて、宗教画がなんとなく苦手になったのもこの頃だ。キリスト教系の幼稚園だったので、廊下には差し迫った表情をした半裸のおっさんやお姉さんが描かれた絵が掛けられていた。それが4, 5歳程度の子供にとっては不気味で、25歳になった僕もカラヴァッジョとかがちょっと好きになれない。

[2]『のんのんびより』というアニメで常夜灯を点けることを「夕方にする」と呼んでいて大変感動した。これ全国共通なのかな。東北の田舎限定だったりする?

[3] 僕は朝が弱いことが親にバレているため、引っ越しの際に寝室に立派な遮光カーテンを取り付けることを禁じられた。掟を破りDIYでカーテンを取り付けてやろうと思ったことは何度もあるが、カーテンって布のくせして高いよね。朝日が眩しい明け方に寝なければならないときは、Amazonの段ボールを障子窓にガムテで貼って寝ている(流石にどうかと思っている)。

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