見出し画像

悪癖

何かに行き詰ったとき、特定の場所に出向くことで打開するという行動パターンをとる人は多い。

僕もそうしたテンプレートに違わず、嫌なことがあると研究所の屋上に行ってコンクリートの出っ張りを蹴りまくる悪癖がある。大体22時過ぎの場合が多いのでこの惨劇を誰にも目撃されない点が非常に良い。他の学生には温厚かつ冷静なキャラクターで通っている僕が、教員への悪態をつきながら非破壊オブジェクトを踏みつける残忍な一面を衆目に晒すわけにはいかない[1]。

上記は”嫌なこと”があった場合の対処法だが、”スーパー嫌なこと”があった場合の対処法は別にある。そうした場合、僕は何時だろうと大雨だろうと構わず車を走らせる。ポイントは目的地を定めないということで、行ったことのない道を選んだり無意味にコンビニに寄ったりしているうちに冷静になって帰宅する。冷静さを取り戻そうとするあまり大雨の午前0時過ぎにわざわざ車を出す様は正に本末転倒の混乱状態であるが、冷静でないためそれには気付かない。

もっと深刻なのは特に理由なく不安感や焦燥感に駆られた場合である。原因が分からないため自分でも落としどころを見つけられず、黙って寝ればいいものを気持ちの急くままに車のエンジンをかけてしまう。つくづく運転が好きだな僕は。それでどこへ向かうかというと、海である。お決まりのやつだ。
僕には3年前にこの場所に引っ越してきて以来、お気に入りの虚無スポットがある。虚無スポットというのは虚無感に肩まで浸かることができるベストプレイスのことである。男に生まれると誰しもベストプレイスを探してしまう宿命にあることはシャーマンキングに言及がある通り周知の事実だが、僕のそれは名古屋港のポートブリッジであった。
最初にポートブリッジを訪れたのは、名古屋駅の近くの映画館でレイトショーを見たあと、(恐らく映画の余韻の作用で)虚無感に身を苛まれて居ても立っても居られなくなった時だった。全く突然に海に行こうと思いついた。漠然と記憶していた地図イメージよりも名古屋中心部から海への距離は近く、確か30分と少しで名古屋港までたどり着けた。途中タケノコみたいに伸びた背もたれ付きシートがついてる改造バイクの群れとすれ違って、恐竜に出会ったみたいに興奮したのを覚えている[2]。当時はまだ2ストの原付に乗っていたので、珍走団に追いすがってみようか検討したりもした。
何とか覚えた地図通りに走ってたどり着いたのは、名古屋港水族館の駐車場の入り口だった。当然水族館は閉まっていたが、ライトアップされた桟橋(これはポートブリッジのことだが面倒なので以後桟橋と記載する)が見えたのでそこまで歩いてみることにした。桟橋付近にはカップルが何組かいて、手や腕を絡め合いながら牛のごとき遅々とした歩みでぶらついている。彼らを尻目にさっさと桟橋に辿り着くと、橋の真ん中の少し出っ張ったところで欄干にもたれた。きっとキスとかするのに一番いい場所なんだと思うけど、申し訳ないが今夜限りは僕に譲ってください。どす黒くうねる深夜の海は重油のようだった。港の向こう岸にはチカチカと瞬く工場夜景が広がっていて眠い目に染みるようだ。ぼんやりと揺れる水面を眺めていると、ぱしゃりと不規則な波が立った。ボラだ[3]。よく見ていると結構な頻度で魚が跳ねている。ぢっと目を凝らしながら、次あの場所で跳ねたら終わりにして帰ろう、あっ そっちで跳ねやがった、ちくしょう、などとやっているうちに1時間も経っていた。病気にちかい。変なルールを作って拘り出すと止められないのが幼少期からの悪癖だった。子供なら可愛らしいだけで済むが、いい歳した大人が思いつめた表情で夜の海面を睨んでいたら勘違いされるだろう。

そんなこと言いながらも大して懲りなかった僕はそれから何度もこの桟橋を訪れては水面を睨んで魚を数えるやつをやっている。一度だけ昼間に来たことがあって、夜と全く違った賑わいを見せる港に違和感すら覚えた。やはり海は夜に限る。

こういうことを書き出していくと存外自分が感情的に生きていることが認識できてうれしい。感動モノの創作物でほとんど泣くまで至ることができないのをちょっとコンプレックスに感じていたので、こうやって自分を慰めていると気が晴れる。それと同時に、理性的に説明不能な行動を一人でとり続けている自分に心から失望する。誰か俺を助けてくれ。

[1] 参照:ゲーム脳。
[2] 後で分かったことだが、この辺の地域では夜半から明け方にかけて遠慮がちに改造マフラーの爆音をまき散らす珍走族が絶望的にダサいという認識が浸透していないらしく、近所でも時々見かけるほどで大して珍しくない。
[3] 当時僕は魚に詳しくなくて、飛び跳ねる魚は大抵ボラだと考えていた。実際にはそんなことはなくてああいう“沸き”をする魚は他にもいるらしい。だからあれがボラだったかどうかは分からん。5月中釣り動画ばかり見ていたからちょっとは釣り魚に詳しくなってきた。

いただいたサポートでスコーンを食べます。