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Coffee

「自分を飲み物に例えるとしたら?」
という質問に、彼女は何ら迷うことなく
「コーヒー……ブラックの」
そう答えた。

彼女は
「以前の自分は、砂糖とミルクの力を借りなければとても飲むことが出来ないような、ただ苦いだけのコーヒーのような存在だと思っていたから」
と説明した。

それは、大人になってからも砂糖とミルクを使わなければ苦いブラックコーヒーを飲むことが出来なかった彼女の嗜好とどこか通じるものがあった。

彼女の身近には砂糖のように自分を甘やかしてくれる存在や、ミルクのような円やかさで包み込み、癒やしてくれる存在が当たり前のようにそこに居て、彼女はそれらを何の迷いもなく受け入れ、頼りにし、助けられることが日常になってしまっていた。

つまり自分は、砂糖やミルクのように自分をサポートしてくれる人がいなければ、一人では何も出来ない人間なのだと思い込んでいたのだった。

彼女の周りに存在していたのは、ミルクや砂糖のような存在だけにとどまらなかった。

いまやコーヒーショップでは当たり前となっている『カスタマイズ』をするように、ブラックコーヒーである彼女をさまざまな形で『カスタマイズ』してくれる人たちも存在していた。

いつも柔らかな物腰がホイップクリームのような友人、
甘さの中に苦味もある魅力的なキャラメルソースのような先輩、
ヘルシー志向でいつも健康的な豆乳のようなあの人、
カカオや抹茶パウダー、シナモンのようにさり気なく雰囲気を盛り上げてくれる人々……。

そんな風にさまざま形で彼女をサポートし、盛り立て、愉しませてくれる存在も周りには存在していた。

それだけに、彼女の思考回路の中に『単独行動』という単語は存在しないに等しかった。

しかしながら『その時』はあまりにも唐突に彼女の身に訪れることになった。

彼女は以前から興味があったあることを学ぶため、ヨーロッパの国々を訪れる機会に恵まれたのだった。

ところがそれは、準備から帰国までの全てをたった一人で成し遂げなければならないという条件下でのことだった。

当然ながら、彼女にとって未知の領域であった『単独行動』というハードルを一つ一つクリアして行かなければならないことに、最初は不安と恐怖のようなものを感じていた。

ところがその一つ一つをクリアして行くことが、次第に彼女に自信を与え、いつしか恐怖は消え
『次の問題をどう攻略するか』
だとか
『こっちの方が攻略するのは難しそうだけれど、より愉しそうだ』
とワクワクする気持ちと、より困難な方に魅力を感じるまでに変化していった。

彼女は案外と単純なのだった。

一人で行動することによって、今までは見えていなかったことに気付かされたり、人に縛られることのない自由を感じた。

実は彼女は人に気を遣い過ぎる一面を持ち合わせていたから、そう考えたのも不思議ではなかった。

『一人は淋しいもの』だという考え方も、
「実は思い込みに過ぎなかったのかもしれない」
と思い始めたほど『おひとりさま』は彼女にはとても合っていたようで、妙に心地良かった。

それまでにも、一人ででもやろうと思えば出来たはずの『あれやこれや』をやって来なかっただけのことだった。
と、気が付いたのだった。

と同時に、彼女の頭をよぎったのは
「もしかすると、わたしはブラックコーヒーも飲まなかっただけで、もう飲めるようになっているのかもしれない……」
ということだった。

もちろん、案外単純な彼女は直ぐにブラックコーヒーに挑戦した。

ただただ美味しかった。

「あゝ何故もっと早くブラックコーヒーを飲まなかったのだろう……」
と、後悔もした。

そのことをきっかけに、彼女はすっかり『ブラックコーヒー』と『おひとりさま』の虜になっていった。



……というのが、わたしが小説を書くことにしようと決めた最初のきっかけです。

つまり、彼女=わたし(筆者)です。

『おひとりさま』の時間を過ごすことが多くなったことによって、視点が変化し、今までは何とも感じなかった物や出来事に対して『ストーリー』を感じることが増えてきたので、これを書き留めたいと思ったわけです。

遅ればせながら、自己紹介を。

こんにちは。綾部文々(あやべ やや)と申します。

一人で旅をしたり、一人で食事をしたり、ぼんやりしたり、料理するのが好きな人間です。

そのことに気がつく迄に、ずいぶんと時間が掛かりましたが、気づいてからの方が人生が愉しくなりました。

これからいろいろ書いていくつもりですので、お付き合い頂ければ幸いです。

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