アンガーマネジメントについて

 イライラしやすい性格を変えたい。という悩みをよく耳にする。SNSを始めとするネット上全般でも散見される。そういった悩みを持つほぼすべての人に私は言いたい。「嘘をつくのはやめなさい」と。

 すべてのことには理由がある。いつの時代も不条理なものとして筆頭に挙げられる『人の心』にしたってそれは同様で、実のところ人の心も完全にロジカルなものなのだと私は考えている。ただあまりにも複雑すぎるので、解き明かすのが困難なだけなのだと。


 たとえば電車内で、降りる人や乗る人がいるのに乗降口前から頑として動かない人がいたとき。コンサート会場や美術館などで他人の着信音を耳にしたとき。自分の信条とは相対する信条を表明し行動している個人や団体の存在を知ったとき。人の往来の激しい場所に立ち止まってスマホの操作に熱中している人を見たとき。歩いていて肩や傘がぶつかったとき。明らかに誰かを罵倒している大声を耳にしたとき。勤め先のトップがバカげたルールを定めたとき。ネットで炎上しているらしい有名人や一般人や犯罪者の名前を知ったとき。渋滞の一番前を走っている車の搭乗者。そういったシチュエーションに遭遇したり想像したりしたとき、浮かんでくる欲求がないだろうか。そしてそれは、「そいつの顔を見てみたい」というものではないだろうか。

  冒頭に記した「イライラしやすい性格を変えたい」という悩みを抱えている人なら、自分を更にイライラさせるだけでしかないであろう人物の素性や素顔などの詳細なんて、本来は知りたくないはずだ。しかしそうではないことが多い。イライラしたくないと願っている人の多くが、一方では自分のイライラを助長せんとしてもいる。矛盾しているのだがそういったケースはとても多い。

 なぜか。最初に言ったことだがすべてのことには理由がありそれは人の心の内側に関しても言えることだ。であるなら、決まっている。「イライラしやすい人ほど、実はイライラを必要としている」のだ。

 「イライラする」「イライラしている」というのはどういう状態なのかというと、それはfight or flight(戦うか逃げるか)反応、もしくはその前段階にあたる。動物は目の前に迫った危機に対処するべく準備を行う。心拍と呼吸を早め、全身の筋肉を緊張させ、血流も内蔵や体表に対しては減少し筋肉に対しては増大する(体表の血流量が減少するのは怪我をしたときの出血量をなるべく抑えるためでもある。つまりすでに戦闘状態にあるということなので、真っ青な顔をして怒っている人物からは一目散に逃げるべきだ)。アドレナリンやなんやらもドバドバ分泌される。要は、元気になるのだ。

 つまり、イライラすることは元気になる=活力を得ることなのだ。ということは、わざわざ自身の心にイライラを喚起せんとするのは、そのときその人に元気がない、活力がないから、ということになる。かような事実が明らかであるにもかかわらず「イライラしやすい性格を変えたい」とも多くの人は言うので、そんなとき、それは嘘だと私は言うのだ。右手でしっかりと握りしめている有益なツールを左手でいくら一生懸命捨てようとしても、それは無理だ。すぐにイライラしてしまうあなたは、怒りのエンジンが生み出す活力に頼り切った生き方をこれまでしてきて、それに慣れてしまっている。なので生きるための原動力を捨てたいと急に言われても、そんなのは嘘だと断じるしかないのだ。

 しかし。

 イライラや怒りは、一時しのぎの活力源としてはある程度有益かもしれないが同時にとても不愉快なものだ。部下や後輩を感情任せに叱った後。電車やエレベーターの搭乗口前でぼーっと突っ立ってる人を乱暴に押しのけた後。嫌いだと感じる個人や団体や企業や国民をネット上で罵倒した後。気分爽快で愉快な気分でいられるかというと、そんなことはない。それが怒りのエンジンで生きるうえで生じる汚れだ。汚れはしつこく残り続け、オイルに混じり、結局はあなたの発動機を傷つける。血圧は上昇傾向になり胃酸は過剰分泌され胃に穴も開く。夜眠れなくなる。または眠れても疲れが取れない。人間関係がギクシャクしてそれがまた新たなストレッサーとなる。シワが増える。酒量が増える。にもかかわらず、自分を守るために、それが常態なのだと再設定をしてしまうと、今度はあなたが誰かにとっての強烈なストレッサーと化してしまう。しかしそれを肌で感じても、今さら後には退けない。

 でも。いや、だから、こんな生き方はもうやめたいんだ、別の生き方をしたいんだ、怒ったりイライラしたりして奮起して一日一日をどうにかやり過ごして、でもそのかわりに寝ても休んでも遊んでもぜんぜん消えない変な疲れを溜め込み続けて、心は磨り減る一方で、人生なんてこんなものなのかななんて考えてみても、でもどこかでは納得しきれないまま、それでも結局は少しずつ下降していくしかないグライダーみたいな生き方をこの先もずっと死ぬまで続けていくしかないのか? そんなのはいやだ! 俺は/私は、もうイライラなんかしたくない、いつも優しい人でいたい、でもそのためには、どうしたらいいんだろう?

 と、そこまで考えている人に対して私は、「嘘をつくのはやめなさい」とは言わないし言えない。なので、今度何かでイライラしたら、(もしかしたら自分は今、元気がない状態なのではないか? イライラしているのはその反動なのではないか?)と疑ってみてほしい。

 ストレッサーというのは突発的にやってくるものなのでいつもそれでうまくいくとは限らない。でも、思考や記憶と同じく、感情もまた間違いを犯すものなのだということは、知っておいて損はない。誰かを疑い敵視して傷つける前に、まずは自分の中の感情を疑ってみる。そのクセをつけることは、いつかきっとあなたの役に立つはずだ。

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