見出し画像

ハーマンモデルと友人の話

大学で出会った友人の話だ。

最初は友達の友達の友達だった。一緒に座って授業を受けるうちに徐々に話すようになった。

彼女、アオイちゃん(仮名)はいつもセンスのいい革のブックカバーをかけた文庫本を持ち歩いていて、授業の合間の休み時間や、授業によっては講義中も本を読んでいた。本を読みながら講義の要点を掴んだノートを取ることができたのだ。それも万年筆で、書写の見本のような字で。私が勧めたネットの小説を読んでハマってくれたこともあり、いつの間にかアオイちゃんとすっかり仲良くなった。明らかに自分と異なるタイプでこれまで友達にいなかったタイプなのに波長が合ったのか価値観が似ていたのか、多分アオイちゃんの方が上手く説明できるだろう。


アオイちゃんのすごいところは色々とあるが、こんなに知的好奇心が強く言語能力の高い知り合いは他にいない。
例えば本を読んでいて知らない熟語が出てきたとき、私は漢字や前後の文脈から意味を推測できればそのまま読み進める。しかしアオイちゃんはすぐ調べ、ノートにメモしたりもする。そしてその熟語の説明を求められれば自分の言葉で説明できるのだ。だからといってやたらと難しい言葉を使うわけでもなく話が分かりやすい。一見クールなインテリ系に見えるのだが、よく知ると意外とピュアな一面があって癒されたりする。

同じ大学の同じ学科でもタイプが違うなぁとぼんやり思っていたが、そのうち思考回路が真逆なのではないかと思い始めた。私は本当に適当な性格なので感覚的に物事を捉えがちなのだが、アオイちゃんはその真逆だ。とにかく分析から入るタイプで私が感覚で捉えたことを話すと「それはこうこうこういうことだね。」とすかさず分析する。そんなに頭を使って疲れないだろうかと私は心配になるのだが、アオイちゃんにとってはそれが自然体のようだった。私はいかに努力せず頭を使わないかを行動の指針にしているのでにわかには信じがたい。しかしここまでタイプが違っても二人とも興味のある方向性は似ていて伝えることを苦としないタイプだったので会話が弾む。私は基本的に友人と気心が知れるほど意味のある会話が少なくなり沈黙が苦にならなくなるのだが、アオイちゃんに限ってはお喋りや議論が楽しくてしょうがない。私が深く考えずに見過ごすポイントをアオイちゃんはしっかりキャッチしているので彼女の分析には色々なことに気づかされるし、アオイちゃんも私が何も考えず言ったことや書いたことに感心してくれたりするので自分の特性を新たに知ることも多い。「こうこうこういうところがこのようにすごい」と高い言語能力を活かしてかなり具体的に褒めてくれるので私は感心しつつ照れるという器用なことをしている。感じたことをとても素直に言葉を尽くして言ってくれる誠実さが大好きで、そしてそれを自分に向けられると非常にこそばゆい。

これまで私は自分は論理的な思考力がある方だと思っていた。自分が賢いとは思わないがテスト前に一夜漬けすれば成績もまともな方で、大学は内申点を武器に推薦で潜り込んだ。しかしアオイちゃんと話しているといかに自分が感覚的に物事を捉えているか気づかされるのだ。これは入社後の新入社員研修で行ったハーマンモデル診断でも明らかになった。


ハーマンモデルというのは思考傾向からその人の利き脳(どの部分を使うのが得意か)を右脳・左脳、さらにその大脳(脳の上の方)・辺縁化(脳の下の方)と4つに分類する。これによって自分の特性が分かり、他者とコミュニケーションを取るときにも役立てることができる。大雑把にまとめると以下のようになる。

Aタイプ 左脳大脳型 理知的、数値やデータを分析するのが得意
Bタイプ 左脳辺縁型 堅実、計画的で規律を重んじる
Cタイプ 右脳辺縁型 感覚的、コミュニケーション能力が高い
Dタイプ 右脳大脳型 冒険的、発想力や行動力がある


この組み合わせによって仕事の進め方が大きく変わるようだ。しかし同じタイプを集めればいいというわけではない。
例えばAタイプだけが集まると過去の例やデータの分析を熱心に始める。Bタイプが集まると規定や計画を話し合う。Cタイプが集まれば仲良くなって雑談が始まる。Dタイプはアイデアを膨らませとりあえず動き出す。と言った具合に同じタイプだと意思疎通はしやすいが井の中の蛙になりやすい傾向がある。

ここで組み合わせの調整が必要になる。
右脳左脳で分けたAとB、CとDではチームワークはいいが理解の仕方を間違えることもある。大脳と辺縁で分けたAとD、BとCでは相互補強ができ挑戦的なスタイルができるがチームワークは難しい。AとC、BとDのように左右の大脳と辺縁がクロスすると最良の組み合わせになりうるものの相互理解は最も難しい。

私はCタイプだった。ザ・感覚派だ。しかしコミュニケーション能力が高いかと言われるとそれ以上に面倒くさがりなので一人でスマホに没頭しがちである。人当たりが良いタイプでもない。同期70人と3ヶ月一緒に研修を受けても半分以上は一人で孤立していたし、だいぶ馴染んできても片手で数えるほどしか知り合いができなかった。こんな調子だったのでこの診断をやった時も近くに来た講師が私の診断シートを見ておや、というように片眉を上げ、間違いがないか隅々まで確認してから「ふーん」と意外そうな視線を寄越してくれた。放っておいてほしい。
とはいえ基本的に人間関係でそこまで悩んだことがないのも確かだしコミュニケーション能力に悩むこともなかった。思い返せば就活の面接は「え、私にそんなに興味持ってくれるんですか?!じゃあお話しましょう!」とエンジョイしていた。全く違うコミュニティの人と話すのは貴重な機会だし、社長をやっているような人と話せるのが楽しかったのだ。
社交的で親しみやすい人と思われているかはともかく、意外と当たっているのかもしれない。


この診断をアオイちゃんにやってもらったところAタイプだった。まさに対照的なタイプだったわけだ。
二人で小説の創作について語ったこともあるのだが、そのスタイルも正反対だった。
私は書きたいシチュエーションと書き出しが思いついたら書き始めてしまうタイプ。書きたいシチュエーションは起承転結というより一人称の内面語りに近く起承転結の転に辿り着けないまま長々と書いた後で挫折してしまう。日常シーンの内面をしつこく書き続け、イベントは何もない数千字~一万字超えの物語の書きかけがメモ帳にゴロゴロしている。
一方アオイちゃんはプロットから書き始める。書きたいイベントがあり、起承転結もばっちり決まっていて細かいところまでプロットを組み立てる。が、いざ文章に起こそうとするとなかなか書けずに挫折してしまうという。

そこで、二人で共作でも書かないかという話になった。通話で決めた話の筋をアオイちゃんがプロットまで仕立て上げ、私が文章を書き、アオイちゃんがチェックして修正案を出し、それを私が修正して、という流れで連作短編小説を書き始めたのだ。私が会社で手が空いた時にふと書き出したらいい波に乗れて、一話はするっと完成した。笑えるのは私が完成版プロットだと思い込んでいたものがアオイちゃんにとってはプロットの前段階のメモだったというところだ。私はプロットなど見たことも書いたこともなかったので気づかなかった。アオイちゃんはプロット作成にあたって話を詰めていこうとメモを送ったのに私が「ちょっと書いてみたから読んで~」といきなり本文を送りつけたことになる。「よくこれだけで書けたな?!」とアオイちゃんは仰天した。私としてはこれほど書きやすくなるとは、と新鮮な驚きだったのにこれより詳細なプロットとは。
アオイちゃんは読むとすぐ私の文体についても分析してくれた。私は深く考えず思いついたままに書くので「ここのこういう表現が巧いね」とアオイちゃんに言われて初めて自分で書いた表現に気づく。自分で書いたくせに「なるほどね。確かに。気づかなかった。」と間の抜けた返事しかできないのが情けない。
アオイちゃんは修正コメントの書き方も丁寧だった。「ここが不自然」ではなく「ここがこうなのでこうするといいかも」と修正が必要な理由、そして解決策や代わりになる表現まで書いてくれたのだ。こんなに頼もしい相方がいると思えば私はとりあえず何も考えずに書き進めることができた。私はブルドーザー、とりあえず道筋を作れば舗装はアオイちゃんがやってくれるのだと。たまにくれる「この文好き」といったコメントでモチベが爆上がりするのも一人では味わえないことで楽しかった。自分の文が読書家に気に入られたと思うととても嬉しい。

自分と真逆で最高の相方アオイちゃんと小説の完結を目指したい。

この場を借りて

アオイちゃんいつもありがとう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?