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「陸上ファン『まめ』が誕生するまで」すごろく

 私が陸上見始めたきっかけってツイッターでちょこちょこ書いてはいるんですけど、なんかやっぱりnoteでもまとめて書いておかないと座りが悪いかしらと思ったのですごろく風に書いてみます。なぜすごろく。「すごろく」って発想が昭和。まぁ実際昭和の人間なのでしょうがないですね。なおこの記事の見出し画像には何の意味もないですすいません…。
では、↓↓↓START!!↓↓↓

STEP1:今井正人選手

2006年末、箱根旅行に行ったので、2日後第83回箱根駅伝を見る。
順天堂大初代山の神・今井正人選手ちょっとカッコいいなと思う
まだ沼の気配も感じていない 1コマすすむ

今井正人選手、順天堂大卒業
応援する選手もチームもなくなったなと思い1回休み

STEP2:柏原竜二選手

2009年、第85回箱根駅伝で、ごぼう抜きしながら箱根の山をモリモリ登り、泣きそうな顔で芦ノ湖ゴールし、インタビュー受けるさまが初々しかった東洋大1年生二代目山の神・柏原竜二選手をかわいいなーと思う
まだ引き返せると思いながら1コマ進む

柏原選手見たさに4年間箱根駅伝を見続ける。ただし5区のみ
サイコロを振って5が出たら「やったぞ田中ー!」と叫ぶ

柏原選手見たさに都道府県駅伝を見る
っていうかお正月以外にも駅伝やってるってこのころ初めて知った

(無意識ではあるが、なんだかんだと選手の顔と名前を覚え始める)

柏原選手、東洋大学卒業
柏原選手見たさにニューイヤー駅伝を見始める

でもまだまだ1月限定の駅伝ファン

STEP3:設楽啓太選手

2015年、ニューイヤー駅伝4区でコニカミノルタ(当時)・設楽啓太選手と運命の出会い
トヨタ自動車の窪田忍選手、日清食品の村澤明伸選手と壮絶なデッドヒートを繰り広げ、ラスト200mスパートして引き離してトップでたすきリレーしたんですよかっこよかったですねほんとに 私元旦が誕生日なんですけどほんとにこれは神様からの誕プレ…に見せかけた爆弾だった 前日大晦日まで全く想像していなかった人生をこれ以降歩むことになるんですからね
突然訪れた恋にぽやぽやしすぎて1回休み

設楽啓太選手の写真が載ってる雑誌をなにか1冊買って終わりにしようと思って行った本屋さんで私が手に取ったのは、啓太選手の師である東洋大酒井監督の著書『その1秒をけずりだせ』だった
確かに、確かに啓太選手の写真は載っている だけどなぜこの本を選んでしまったのか当時の自分 この本を読んだ方ならわかってくださると思うんですけど、啓太選手の、特にキャプテンを勤めた4年生時の苦悩が語られたこの本を読んで終わりにすることなんてできるわけがない
もう引き返せないどころか引き返すことなど露ほども考えなくなる サイコロを振って出た数だけ進んじゃいましょう

2015年2月〜、箱根駅伝で啓太選手が走ったコース(横浜とか箱根とか)を歩きまくる
今思うと夢遊病のようだ 1回休み

2015年4月、陸上の話ができる友達がほしくてツイッターを始める

2015年5月、東日本実業団選手権で初生観戦
陸上ファンの方と初めてお会いする
1コマ進む

STEP4:酒井監督

2015年5月、はっきり記憶していないがこの頃東洋大の酒井監督をカッコイイと思い始める
酒井監督最初嫌いだったんですよ 怖くて(←正直者)
2コマ進む

2015年6月、日体大記録会で記録会初観戦
駒澤大大八木監督の生ゲキを間近で聞くというカルチャーショックを受け2回休み

同月、日本選手権直前に一眼レフ購入

同月、日本選手権(新潟)で初遠征

STEP5:日立物流

この頃からツイッター見てて部員同士が仲良さそうだなーと思ってなんとなく日立物流の応援をしはじめる のちに啓太選手が加入したため箱推しとなる
1コマ進む

STEP6:東洋大学

2017年、第93回箱根駅伝で2位ながらも粘りの走りを見せた東洋大学をこれからも応援していこうと決意する
柏原選手、啓太選手の出身校なのでこれまでももちろん応援していたが、決定的になったのはこのときの東洋の選手の走り
1コマ進む

イマココ!! GORL!!

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