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「クソ喰らえ、クローン病!」第9話~運命の内視鏡検査、待合室編

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 思い出したくないことがある。だがこの最悪の出来事こそを、俺は書くことで供養がしたい。あの運命の時間、大腸の内視鏡検査の時だ。

 家の近くにある小さな病院で血液検査をした際、血液に異常が見られた。赤血球や血小板が異常に多く、身体の炎症レベルを示す、普通は0.3が基準値のCRP値が9をブチ抜いていたのだ。医者はもしかすると血液か骨髄の病気かもしれないと言い、もっと大きな病院の、しかも血液内科への紹介状を書いた。"もし骨髄の病気だったらマジにヤバいだろ"と生きた心地がしないまま、俺はそのデカい病院に行く羽目になった。
 煩瑣な手続きを経て、更にクソ長い待ち時間を過ごしての診察だった。最悪の展開を考えてしまい精神的にかなり疲弊していたが、それを尻目に俺を診断する医師の口振りは軽かった。事もなげな風で「多分、内臓とかで内出血を起こしてると思う」と言ったんだった。特に骨髄については何も言わない、正直拍子抜けした。だが大腸の内視鏡検査をすることになり、しかも検査は翌日ということで俺はかなりビビった。心の準備ができていないと泣き言を吐いたんだった。だが母親に「そういうこと言ってる場合じゃない」と言われ、覚悟を決めざるを得なくなった。
 ベッドに横たわる時、明日の検査について考えざるを得なくなる。夕食を抜いた故の空腹感がネガティブな考えを加速させるなか、Youtubeのゲーム実況動画だけが俺にとっての安らぎだった。そして恐怖で眠れなくなる……ということはなく、俺はいつの間にか眠っている。精神はガラス細工さながら脆弱だったが、不眠症からは程遠い場所に俺はいた。俺が事あるごとに敬意を表明する、ルーマニアの反哲学者E.M. シオラン(何度も書くがルーマニア語読みではチョランだ)は凄まじい不眠症を抱えており、それがその言葉と理論の淵源となった。俺はその域にはないらしい。ところで俺がこの文章を書いている4月8日はシオラン生誕110周年である。Facebook上ではルーマニアの友人たちがこの記念日を寿いでいる。あれほど死と自殺について語り続けたシオランの生誕がこれほど祝われるというのは何だか奇妙だ。しかし自身の言葉と裏腹に人づきあいのよく図太かった男シオランのことだ、草葉の陰から馬鹿笑いしてるだろう。

 そして再び病院へ行く。3階の内視鏡センターへ赴き、乾いた病院服に着替えると急に心細くなる。大腸検査に臨む患者のための待合室が1部屋だけ存在しており、そこに俺と同じくケツに異物を突っ込まれる哀れなる時を待つ人々がいた。同世代の若者が2人、高齢者層が3人ほどだ。皆がバラバラにソファーに座り、看護師から検査の説明を受ける。2Lの下剤を少しずつ飲んでいきましょう、便器に下痢をブチ撒けましょう、そしてケツ穴に内視鏡をブチこまれに行きましょう! 説明の際、俺が凝視していたのは下剤の入ったビニール袋だ。2Lだから、マジにデカくて圧倒される。この1-2時間でこの下剤全てを肉体に投入しろっていうのはなかなかだ。説明が終ってから、俺はカップに自分の名前を書いた。実はスターバックスとかそういうお洒落なコーフィーショップに行ったことがないので、これの経験が俺の初めてだった。でも下剤でかよ、おい。
 それでいていざ飲んでみると、この下剤は結構旨かった。アクエリアスの甘みをもう少し濃くした感じで、割と飲みやすいんだよな、これが。だけど6分ごとに200mlの下剤を飲み干せというのは心持ちとして辛い。周りを見てみると患者の表情は明らかに優れないし、部屋に蟠る雰囲気は陰鬱なものだ。それでも悲愴感はないのは少し驚きで、発見のように思われた。それと不思議だったのは他の患者の下剤の袋、そこに書かれている文字は水色だったのに、俺のだけ紫、冠位十二階の高貴な濃紫というか気づいたら膝に浮かんでいる痣色って感じの色彩だった。いや何でだよ、それを看護師に聞く気力と勇気はその時の俺にはなかった。そして結局、これはマジに今でも謎のままだ。
 この頃は既に慢性の下痢に襲われていたので、下剤を飲んだ後はスムーズに腹痛即下痢便と予想していたけども、逆に出ない。筋金入りの逆張り人間な俺だったが、この時までそうなるとは思っていなかった。周りの人々は頻繁にトイレへ行っていた。それでも一応3回は下痢を噴出して、それは当然完全に液って感じなのだが、中に滓が漂っており、下痢の回数を重ねるとそれすら消え去っていく。大腸が肉の洞へと変貌していく様をまざまざと見せつけられる心地だった。
 腹痛と下痢の経験を共有することで、待合室には不思議な連帯の雰囲気が培われていく。悲愴感からはどんどん離れていった。若い女性と老婦人が喋っていて、いつの間にやら仲良くなっていく様が喋り声からだけで分かってくる。だが俺はそれに背を向けて、床のシミを見ていた。埃でできた黒褐色の丸いシミ、それが執拗なまでに幾重にも重なっていた。俺は小学校で見た反戦アニメーションを思い出す。原爆が落とされる、人間の身体が一瞬で蒸発して壁のシミになる。凄まじく厭な気分になりながら、目を背けることができなかった。
 4回目の下痢便噴出の後、看護師にそれを見てもらい検査準備ができたと見做される。とうとう来たかと待合室に戻る訳だが、何故だかここからが長かった。1人の患者が名前を呼ばれて検査室へ行く。俺の名前は呼ばれることがない。待ちぼうけを喰らうなかで、最後には俺以外に誰も部屋には居なくなる。ずっと座り続けて痔瘻が痛んだので、ソファーに横たわった。つけっぱなしになってたテレビから、大阪府知事である吉村洋文の間抜けな声が聞こえてくる。明らかに、時間という概念がトルコアイスさながら引き延ばされていた。実存主義的不安ってこういうことか?って感じだったし、サミュエル・ベケットってこういうことか?って感じだった。実際、ベケットの作品は1つも読んだことがなかった。

 だが最後にはその時が来る、俺の名前は呼ばれた。これが実存主義文学と俺の人生の違いという訳だった。

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その8】
Recent, erupe diaree intensă de la anusul meu în fiecare zi. Lasați-mă să spun asta... Mă simt afurisit de revigorat. Ca și cum aș purta noi-nouți chiloți la dimineață de prima zi a anuluiiiiiiiiiiiii.
レチェント、エルペ・ディアレエ・インテンサ・デ・ラ・アヌスル・メウ・ウン・フィエカレ・ジ。ラサツィ・マ・サ・スプン・アスタ……マ・シムト・アフリシト・デ・レヴィゴラト。カ・シ・クム・アシュ・プルタ・ノイ・ノウツィ・キロツィ・ラ・ディミニャツァ・デ・プリマ・ジ・ア・アヌルイイイイイイイイイイイイ

(最近は毎日、私のケツ穴から濃厚な下痢が噴出します。ぜひここで言わせてください……スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーによォ~~~~~~~~~ッ)

☆ワンポイントアドバイス☆
えっ、お前は「ジョジョの奇妙な冒険」好きかって? もちろんマジに好きだよ。高校生の頃に5部を読んで、英語の授業そっちのけでイタリア語の勉強を始めるくらいだ。でも最高なのは2部で、7部と6部がそれに続く感じだ。実は3部と4部はそこまで好きじゃない。そして評判悪いけど、8部の「ジョジョリオン」はマジに良いって思ってる。他の部に比べて明らかに異色で、防戦一方かつ異様にうねりまくって、多分これが5部くらいだったら異色作として好意的に受け入れられたかもしれないけど、連載30年越えてこれは攻めすぎだ。あと7部があまりに壮大で、特に終盤は完璧だったのもあるかもね。でも8部、自分は好きだよ、マジに好きだ。胸いっぱいの愛を!


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。