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「クソ喰らえ、クローン病!」第3話~今そこにある腹痛

 「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病は腸が炎症を起こす疾患だ。肉の壁は爛れて、鮮やかな血が流れる。ゆえに腹痛という痛みからは絶対に逃げられない。俺の症状はまだまだ軽度だから激痛で動けなくなるというレベルではない。だがその疼きは常に腹に蟠りつづける、もはや存在しない時がない。地下世界でドス黒い肉体をうねらせる怪物さながら、腹のなかで腸が蠕動する。この蠢きが肉体の内奥から苦痛を呼びおこす、そしてヌラヌラと込みあげる。もしその痛みがキツくなったなら、便器に下痢便をブチ撒ければいい。そうすれば少しずつ痛みは収まっていく。だが絶対に消えることはない、束の間に舞い戻ってくる。
 振り返れば、昔から腹痛は俺のすぐ近くに在ったように思える。緊張しがちな性格だった故に、神経が刺激されるとすぐに腹が痛くなった。例えば学校の国語の授業に同級生の前で朗読をすることになった時、例えば苦手な数学の授業で問題に答えなくてはならなくなった時、例えば大学入試で英語の文章が全く理解できなかった時、そういう時にはいつも腹痛に襲われた。腹痛というのは、俺の日常において常に付きまとう不穏な影として、不気味に暗躍する存在だった。
 だが今まではあくまでも影だった。それがクローン病によって、表立って活動を開始するようになる。腹痛は肉体の内部から堂々と現れ、俺の行動を制限していき、その自由をゆっくり、ゆっくりと潰していく。今や俺は腹痛と下痢の激発への恐怖から、外に出ることすら躊躇う。3月は結局、病院に行く以外は外に出ることができなかった。これでも未だ控えめな方だというのは、ネットでクローン病患者の声を読んでいけば明らかだ。だが今においても、腹痛は静かに、そして確実に俺の神経を参らせ、濁った狂気へと引きずり降ろそうとしている、それが文字通りの皮膚感覚で分かるんだ。腸が、腹が腐っていく。そして最後には俺が腐り果てる。
 腹痛が特にキツい時間が2回ほどある。1回が食事をする時だ。料理と対面し、物を咀嚼して飲みこむ。すると脊髄反射さながら腹痛がヌッと現れて、俺を苛む。このまま食事を続けると、当然痛みは徐々に酷くなる。消化を良くするために噛む回数を多くする必要があるが、この痛みは耐え難い。どうしても食事を早く済ませたくなり、必然的に早食いになる。こうなることが分かったうえで食事をするのは辛い。喰えば腹痛に苦しむと分かっていて食事をしたいと思う人間がこの世にいるのか? そもそもの話、食事という行為がそこまで好きではなかった。いつだってコーラと韓国のりだけ摂取すれば生きられるサイボーグになりたいと願っていた。その2つを摂取すること自体が制限された今、食事への憂鬱や拒否感は否応なく高まる。俺はエレンタールというクローン病患者にはお馴染みの、たんぱく質摂取のための薬を毎日300ml飲んでいるが、これと栄養補助飲料だけで食事を済ませたいという思いが日に日に募る。料理はいらない。もう既に俺は咀嚼にすら倦んでいる。いや嘘だ、少しでもいいから肉は喰いたい、焼肉が喰いたい……
 もう1回は深夜眠っている時だ。ふとした瞬間に、俺は目覚める。目覚めた瞬間に"ああ、来るぞ"と予感がするのだ。そして予想通り腸が蠢き、腹痛がうねりとともに現れる。腹を押さえながら、階段を下っていく。その軋みは、腸の断末魔なんだ。十二指腸が叫び、小腸が悶え、大腸が捩じ切れる。全き闇を這いずりながらトイレへ辿りつき、俺は便器に下痢をブチ撒ける。しばらくすると痛みは消える。そして2階の部屋に戻り、ベッドで眠りにつく。ふとした瞬間に、俺は目覚める。目覚めた瞬間に"ああ、来るぞ"と予感がするのだ。そして予想通り腸が蠢き、腹痛がうねりとともに現れる。腹を押さえながら、階段を下っていく。その軋みは、腸の断末魔なんだ。十二指腸が叫び、小腸が悶え、大腸が捩じ切れる。全き闇を這いずりながらトイレへ辿りつき、俺は便器に下痢をブチ撒ける。しばらくすると痛みは消える。そして2階の部屋に戻り、ベッドで眠りにつく。ふとした瞬間に、俺は目覚める……これを真夜中に2-3回繰り返す羽目になるんだよ。鮮烈ではない、淀みきった泥のような苦痛が肉体に広がっていき、体力が奪われていく。この腐食の感覚を、毎夜毎夜喰らわされる。

 それでも状況は少しずつ改善されていると言っていいかもしれない。今、俺はステロイド(プレドニン錠)を飲んでいる。"ステロイドって皮膚に塗る薬じゃないのか?"と思う人が多いと思うし、実際俺もそう思っていた。だが錠剤として服用すると臓器の免疫異常や炎症を抑制する効果を持っている、つまりクローン病の抑えこみに有効なのだ。免疫機能に直接作用するので、他の薬と比べると効果が迅速かつ大きい。俺自身もこのおかげで、寝たきりだった2週間前よりも体調は劇的に回復してきている。先述した深夜の腹痛と下痢も収まってきているように思える。
 だがそれは苦痛が消えたことを意味しない。ある意味で苦痛は姿を変えて、未だ存在する。今の痛みは、何というかより陰湿で密やかなものだ。明確な痛みが減った代わりに、灰塵色の液体金属の渦を思わせる、前よりも更に重苦しい蠕動を常に感じている。これが果てしなく忌まわしき重力で在りうる。ベッドに横たわる俺は、腹痛によって地の深淵へと沈められていく。
 そしてステロイドには注意すべき副作用が多くある。長い間使うとどうなるか。感染症、骨粗鬆症、高脂血症、白内障、骨壊死症、副腎不全とそういったリスクに晒されることになる。コロナウイルス全盛の時代に、こんな状況は堪ったもんじゃない。故に症状が収まったなら薬を休止するべきだが、腹痛はその時を虎視眈々と待ち続けているとそう思える。再び影として肉と肉の合間に隠れながら、俺を狂気に引きずりこむその時をコイツは待っている。それが怖くてたまらないんだ。

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その3】
Mă doare stomacul foarte rău. Poate intestinul va exploda în curând. Dacă aș fi mort, vă rog să construiți o statuie a curului meu cu cenușa decedatului.
マ・ドアレ・ストマクル・フォアルテ・ラウ。ポアテ・インテスティヌル・ヴァ・エクスプロダ・ウン・クルンド。ダカ・アシュ・フィ・モルト、ヴァ・ログ・サ・コンストゥルイツィ・オ・スタトゥイエ・ア・クルルイ・メウ・ク・チェヌシャ・デチェダトゥルイ。

(お腹がとても痛いです。多分もうすぐで腸が爆発します。もし私が死んだら、遺灰で私のおケツの像を建ててください)

☆ワンポイント・アドバイス☆
人に物を頼む際は"Vă rog să 動詞~"といった構文を使うよ。取り敢えずルーマニアで困ったら"Vă rog! Vă rog!"と叫んでみよう。"このアジア人、何か困ってんのか?"と思われるぞ、その後の展開は君の動き次第だ。そして最後の文で"curului"や"decedatului"など語尾に"ului"とつく単語があるけども、これはいわゆる属格で"~の"という意味を表すよ。ルーマニア語はロマンス語だけども主格・対格・属格・与格・呼格など単語の格変化が残っているんだな、これが。この文章はルーマニアでお腹が痛くなって、危機的状況に追いつめられ最後に死を覚悟した時に使ってみよう。前もってちゃんとおケツの写真を撮るのも忘れずに。でもルーマニアは土葬文化だ、だって火葬しちゃったらドラキュラも復活できない。

https://note.com/gregariousgogo/n/n5aae47e15054?magazine_key=m30ce81fcc05f


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。