「クソ喰らえ、クローン病!」第4話~ヨーグルトの魔、あるいは食の罪悪感
クローン病の治療において、食事療法というものが薬物療法と等しく重要だ。そのため厳しい食事制限は症状が寛解に至るための鍵となる。この中で例えばファストフードに代表されるような、脂質まみれの不健康食は特に食べることを制限される。少なくとも大学生が自炊は面倒臭いとばかり毎日マクドナルドのダブルチーズバーガーを貪る、なんて生活はもう絶対に無理だ。俺の大腸内部が血と反吐の焦土と化すのは明白だった。そして脂質を抑える必要があるので、必然的に料理の味付けは淡泊なものになる。個人的には、これが泣けてくる。前にも書いたが、俺は食事自体があまり好きではない。だからこそ身体を過剰な油や糖分に浸すような、不健康な食事というものは楽しかった。スパイシーな紅の味噌がついた唐揚げ、濃密な甘みに包まれたオレオ2袋18枚、スープの表面に白濁の脂が浮かびまくる豚骨ラーメン、それに焼肉、焼肉、焼肉、焼肉。そういった濃い味やデロデロの油分まみれな料理によって、自分の健康が害される様にはもはや快感すら感じていた。そう言ったって、時々こういう料理を喰らう分には別にそこまで健康に影響するとは思わなかったし、皆だって同じ心持ちのはずだ。まさかこんな結果なんか予期するか、おい?
今、俺はエレンタールという薬を飲んでいる。少しの刺激でも過労死レベルに弱った腸、そこに過剰な負担をかけず栄養を摂取するために必要な成分栄養剤だ。この状態だと食事を控えて、消化器官を休ませる時間というものが多くなる。そこで固形物を食べずとも必要な栄養素をバランスよく、かつ効率よく補える何かが必要だ。それがこのエレンタールな訳である。ボトルタイプと粉末タイプの2種類があるのだが、自分の場合は80gの粉末をぬるま湯に溶かして1日に300gほど摂取する。クローン病患者にとって、このエレンタールはその不味さで悪名高い。味つけもなしに飲むには、地獄の乾きを味わう羽目になる。全身が芋か骨かになるような感覚に襲われるのだ。有名なドラマ脚本家である北川悦吏子はこの"クッソまず"さにTwitter上で悲鳴をあげていた。
なのでエレンタールに味をつけるためのフレーバーが存在しており、これをつけずにエレンタールを飲む患者はまず存在しないだろう。公式フレーバーは10種類ある。
・フルーツトマト味
・オレンジ味
・パイナップル味
・コンソメ味
・コーヒー味
・ヨーグルト味
・青りんご味
・グレープフルーツ味
・さっぱり梅味
・マンゴー味
自分は相当の偏食家であり、野菜や果物は好きじゃあない。だから果物味のフレーバーは避けた。そして梅も嫌いだ。酸っぱいという味の概念がこの世に存在していることが理解し難い。俺は常々、自分が科学者になることができたら"四季"と"酸っぱい"という概念を殲滅したいと思っている。そして梅は見た目もイボ痔の最終進化形態といった風でグロいので、更に忌まわしい。必然的に残る選択肢はコンソメかヨーグルトだ。果物は嫌いだと言ったが、甘いものは嫌いじゃあない。オレオ、チョコレートケーキ、ヤマザキのミニスナックゴールド。恋しくて堪らない。だから俺はヨーグルト味を選んだ。コンソメ味は、何だかポテトチップス・コンソメ味を思いだしそうだ。今後、ポテトチップスも健康に配慮されたものしか食べるべきでないらしい。セブンイレブンの限定商品だという、ポテトチップス・韓国のり味に更に塩と味の素をかけながら喰らっていた俺が今やこんな状態になってる、一体何なんだ、人生というやつは?
だが俺が驚いたのは、エレンタールのヨーグルト味がなかなかに不健康な味わいを持っていたことなのだ。口に入れた瞬間、異様に濃厚な甘さが口のをなかを雪崩のごとく荒れ狂い、肉壁を塗り潰していく。甘みの白い塊をそのまま口に含んでいるみたいだ。重苦しくかつ濃密な甘味は、1回飲むとその壮絶な淀みに酔わされる感じがある。濃厚さにすぐに胸焼けを起こすレベルですらありながら、何度も何度も繰り返しこれを飲んでいると、飽きるどころかむしろ魅了されるくらいの中毒性がある。甘い、甘すぎる、だからこそ旨かった。ジャンクフードだとか、コンビニスイーツを鯨のごとく貪る時の罪悪感が蘇るようだった。俺はこの味つけのエレンタールを飲むたび、全き自由でいられた頃への郷愁に縋るんだった。
これはクローン病の闘病記だ。だから俺は、特にクローン病について知らない読者のために、他のエレンタールのフレーバーも解説すべきなのかもしれない。だが先述の通り、俺は筋金入りの偏食家だ。もはやヨーグルト味以外でエレンタールを飲む気はない。ここで我儘を言えなければ、いつ言えるっていうんだよ。それに別に俺は全てのクローン病患者の声を代弁したいという訳じゃあない。俺という一個人の視点で文章を書く時点で、そもそもそんなことは無理だ。だからこの文章はどこまでも個人的なものであってほしい。だからここにフレーバー解説などは書かない。もし知りたい人がいるなら、潰瘍性大腸炎の患者の方が書いているこの"エレンタール攻略本"をぜひ読んでほしい。
そしてエレンタールと同時に、ビタミンなどの他の栄養補給のためにゼリー飲料も飲んだりする。正直ゼリーも好きじゃあないので、クローン病と診断されて初めてゼリー飲料を口にした。グレープフルーツ味など柑橘系の果物味が多く、予想はしていたが、飲めないと言わないまでも口に合わない。甘ったるい水のなかに漂うゼリーの欠片、それを口のなかにブチこむと何か微生物を培養している液体でも摂取しているような気分になり、良い気分はしない。だがここでも際立つのはヨーグルト味だ。ウイダーinゼリーのプロテインタイプはヨーグルト味で、この味がまた不健康なまでに濃厚なのだ。興奮させられる。この暴力的な甘みを味わうと、身体中の細胞が息を吹き返すような感覚をも味わえる。旨かった。
だがそういう、食事制限の内部にある種の抜け道、ある種の救済を見出すばかりでは退屈だ。そこからの逸脱も時には必要だろう。だから深夜に両親が寝た後、リビングに行くのだ。そして俺はふりかけを喰う。ごはんにかけるとかではなく、ふりかけを袋からそのまま貪る。俺が好きなのは韓国のり味のふりかけだった。袋は赤い中華風の装いをしているが、その中に小匙が入っている。この小匙1杯分が脂質0.5g分を示しており、1日の脂質限度が30gの俺は60杯は食べられるということだ。まあ、もちろんそれは韓国のりふりかけだけを摂取した場合だ。実際に他の料理を食べていれば、30gの限度など簡単にブチ抜かれる。だから1杯2杯のふりかけだって貴重だ。この時の俺はそんなことなど一切考えずに、ふりかけを貪るのだ。小匙何杯も一気に喰らう。弾けるような塩辛さ、ごま油(これもクローン病患者が摂取すべきでない食材に入る)の芳醇な香り。旨かった。数時間前にこのふりかけをご飯にかけて食べながら、その時とは全く異なるのだ。味ではなく、その意味が。食事のバランスを考えている母親が知ったら気分を害するだろうが、お願いだから許してくれ。
鮮烈な白色灯に照らされながら、韓国のりふりかけを口にブチこむ。この時にある背徳感を思いだす。高校3年生の頃、俺は受験戦争で完全にノイローゼになっていた。朝から晩まで勉強を続けて、深夜1時ほどになると限界がくる。そうして俺は父親が飲んでいた、スーパーで売っている4Lボトル入りの安焼酎を大量に貪ることになる。限界まで氷を入れたコップに焼酎を注ぐ。一切水で割らずに、そのまま飲む。死ぬほど酔った。その状態で3時くらいまで美少女アニメを観ていた。それでしか疲労を癒すことができなかった。そして焼酎がない時は母親が料理に使っていた、食用酒とみりんを混ぜてそれを飲んだ。そこまで旨い訳ではない、むしろ重苦しい鈍重な甘みが不味かった。だが肉体がアルコールを求めていた、なければ生きていけなかった。そして酒を飲んでいる時、深い罪悪感に浸りながら、俺は確かに救われていた。この救いの感覚を思い出す。だがこれに耽溺しちゃいけない、今の俺はそれが分かっている、それはもう死にたくなるほどにだ。だから酒にも韓国のりにも背を向け、最後にはヨーグルト味のエレンタールへと帰っていく。今のところは悪くない、今のところは。
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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その4】
Iaurt este delicios ca drog. În viitor, vreau să mă înec în marea infinită a iaurtului și mor.
ヤウルト・イェステ・デリチョス・カ・ドログ。ウン・ヴィイトル、ヴレアウ・サ・マ・ウネク・ウン・マレア・インフィニタ・ア・ヤウルトゥルイ・シ・モル。
(ヨーグルトは麻薬のように美味しいです。将来はヨーグルトの無限の海に溺れて死にたいです)
☆ワンポイント・アドバイス☆
文章内によく現れる"î"という文字は、唇を後ろに引きながら発音する"ウ"だよ。他にも"â"も同じ発音なんだ。基本的に語頭には"î"が来て、それ以外は"â"が来るんだけども、この表記法に関してはルーマニアでも色々議論が重ねられていて、話はもっと複雑だから、ここでは首を突っこまないよ。国家のプライドとかそういうのあるからね。この文章はルーマニアの人に自分がいかにヨーグルトが好きかを伝えたい時に使ってみよう。でも実際、ヨーグルトが好きなのはルーマニアの隣国であるブルガリアの人の方だから、ブルガリア語を学ぶべきかもしれないね。
私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。