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「クソ喰らえ、クローン病!」第19話~人生が痛い

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 何回も言ってるが、1か月の絶対療養とか薬のおかげで、身体の調子自体は良くなってきてる。下痢とか腹痛の勢いが明らかに弱くなり、外も普通に歩けるようになった。読書や映画鑑賞だってできる、小説を書くことだってできる。本調子とは言わないが、悪くない。だがその一方で身体中に思わぬ苦痛を受けることも多くなった。それが俺を脅かし続ける。

 最初に違和感を抱いたのは首の裏側だ。例えば首を曲げたり、身体を伸ばそうとすると、ギラつくような痛みを感じるんだ。色で例えるなら、60年代のイタリアン・ホラーに出てくる血糊の朱だ。重苦しい腹痛とはまた異種の痛みで、ちょっと筋肉痛にも似ているような気がする。寝たきり生活で身体を動かすことがキツくなった訳だけど、ちょっと動くだけで筋肉痛になるほど筋肉が弱ってたのか? 薄氷レベルだな。根拠は全くないんだが、何かリンパ腺がヤバいだとか色々と考えてしまい、透明な毒霧みたいな曖昧な苦悩に日々苛まれてる。
 そしてこの痛みが徐々に伸びてきて、背中の肩甲骨の辺りにも苦痛を感じ始める。こうなると肉体を動かすに更に負担が出るので、辛く思える時がある。背中なのに歩いてるだけでも痛むし、使ってないように思われる状況でも意外と肉体は同時に駆動してるんだなって驚かされるよ。今はまだマシだけど、痛みが背中全体を覆うような大規模なものに発展する、一生外せない鎧と化すのを恐れてる。だから俺は寝る前に、肉ごとその傲岸な鎧すら破って、背中から巨大な翼が生えるのを夢想する。その翼で俺はルーマニアかラトビアに行くんだよ。
 そして右腰の痛みだな。これに関しては、下痢と腹痛に苛まれる前にも実は感じてた。沈殿する低温火傷って痛みがあって、凍てつきに肉や細胞を焼かれるんだ。感じ始めた当時、Youtubeとかで整体師がアップしてる体操を見て何とか抑えようとしたのを覚えてる。どれも一時的には割と効いたんだけど、効果が続かないんだよ。整体師は神じゃない。こうして俺もとうとう腰痛に苛まれるほど老いたかとある種の感慨にすら浸った。今思えばクローン病の予兆だったのかもしれない、苦痛の位置は正に大腸の辺りだ。この腰痛はいつの間にか消えたんだけど、クローン病を診断された後、今になって舞い戻ってきたんだ。クローン病のせいか、この頃こういう文章書くためにずっと座ってるか。原因はどうだろうね。とにかく、またYoutube観ながら体操を始める羽目になった。
 他にも慢性的じゃないけど、何となく痛む部分がかなりある。肘とかこめかみとか、それに痛み止めのカロナールで治ったはずの関節痛が蘇る瞬間すらあるんだよ。前よりも関節はより繊細に扱わざるを得なくなったけど、そもそもの話、生きるうえで人間は関節を酷使しまくってるってのを日々感じるよ。今やいつでも関節が駆動し、骨や筋が軋みをあげてるのが分かる。その深奥から痛みが込みあげてくるんだ。
 いやまあ実を言えば、全身が痛いんだけど、正直時間も頻度も規模もランダムすぎて何が何だか全然分からないっていうのが正直なところだな。これについて考えると苦痛の袋小路で途方に暮れるのが分かってるから、痛みが戻ってきたら"ああ、また来たな……"と思うだけになってる。だから俺は、朝昼晩飲んでるカロナールが効くことをいつだって願ってるよ。でも映画の中じゃアメリカ人ってこういう感じでアスピリン中毒になってるよな。ヤバいんじゃねえの、俺。

 クローン病になってから気が休まるってことが殆どなくなったよ。腹はもちろんのこと、先述の通り全身の具合が悪くて何が起こるか分からない。安心とは全く程遠い領域にいるよ。例え痛みがない時間が訪れても"まあ、この状況はすぐに雲散霧消するだろう"って諦念がある。そして痛みに苛まれている時は"苦しいな、まあいいや"ってまた別の諦念がある。最後に至るのは多分更にもっと悪くなるだろうって生ぬるい絶望感だよ。それを自虐的な薄笑いを浮かべながら思ってる。もちろんこの予想というか予感はそんなに当たる訳じゃなくて、実際は痛みが収まることがほぼだ。だが時々、突き抜ける瞬間がある。そして今後凄まじいやつ――大量出血やら大腸狭窄による激痛やら――が来るのを避けることができない時が、きっと来る。
 こういう風にして、本当に繊細なバランスで健康というのは保たれているというのを、今正にまざまざまと経験している途中だ。俺は何をするにも常に、危うすぎる綱渡りをしている感覚に陥るんだ。下に広がるは紺碧の海でも深緑の森でもなく、全き闇だ。落ちたら死ぬっていうか、無に帰すって感じのやつだな。俺は運動神経が絶無だっていうのに、今のところまだ何とか渡れてる。ヒヤッとする瞬間は数えきれないが、今は大丈夫だとそう思える。そして今は大丈夫と唱えながら、俺は綱を歩き続けてる。今は大丈夫、今はまだ大丈夫、俺は大丈夫だ……

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その18】
Mă doare stomacul. Mă doare gâtul. Mă doare spatele. Mă doare joncțiunea. Mă doare corpul. Mă doare viața.
マ・ドアレ・ストマクル。マ・ドアレ・グトゥル・マ・ドアレ・スパテレ。マ・ドアレ・ジョンクツィウネア。マ・ドアレ・コルプル。マ・ドアレ・ヴィアツァ。

(お腹が痛いです。首が痛いです。背中が痛いです。関節が痛いです。身体が痛いです。人生が痛いです)

☆ワンポイント・アドバイス☆
"(身体の部分)が痛いです"とルーマニア語で言いたい時は"Mă doare (身体の部分)"と言ってみよう。いくらルーマニアの医療体制がヨーロッパで最低レベルだとしても、これに関してはきっと分かってくれるよ。この文章に関しては、死の床についてる時に「痛いところは?」と聞かれて「人生」と答えた小説家は誰だったかな。作者としても"人生が痛い"って言葉はかなりしっくりくるよ。仕方ないからこの痛みを「クソ喰らえ、クローン病!」として昇華している訳だね。


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。