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コロナウイルス連作短編その77「人生が静かに続いていく」

 朝4時30分に目が覚める。エリツァ・ジェリャスコヴァにとっては珍しいことだった。目脂を擦り落としながら、もう眠れないと不思議に悟り、タブレットを起動させる。日本に住む友人である本谷里子からメッセージが届いていた。
 "映画観てたら、あなたにそっくりの子を見つけたよ"
 添付された写真を見る。何か垢抜けない、薄幸そうで、純粋な少女がぎこちない笑顔を浮かべている。生まれたばかりの天使のように思えるが、そんな少女が自分に似ていると思われたのを意識すると苦笑してしまう。
 "私、こんな若くないし、無邪気な顔してない(笑)"
 "いやあ、雰囲気とか似てると思う"
 "どこの映画、いつの映画?"
 "ブラジルの映画で、1985年だから36年前だね"
 "私、8歳だ"
 "わたしは生まれてない!(笑)"
 エリツァはまだ残っていた目脂を払う。
 "女優さん、今はこんな風だから、あなたも20年後にはこの写真みたいにもっともっと素敵になってるよ"
 写真の女性は若い頃の面影を持ちながら、濃厚な老いに包まれている。だが真紅に輝く花束を抱きながら、笑顔を浮かべる彼女の姿は確かに素敵だった。エリツァは彼女の目許に刻まれた、カラスの足のような皺に見惚れてしまう。これは地図だ、老いによって齎された1人の女性の広大な生の地図だ。

 エリツァが里子と出会ったのは5年前、エディンバラで行われた文芸フェスティバルでだ。日本文学を担う新鋭として招聘された里子は、イギリスの聴衆のために自身の文学的遍歴を語ることになっていた。初めて実際に顔を合わせた時、太く愛らしい眉毛に目がいった。話される英語は訛りが割にキツいが、文法は正確で響きに思慮深さがある。
「もしかしてブルガリアにルーツがあったりしますか?」
 一通り自己紹介を終えた後、そう尋ねられたので驚いてしまう。
「えっ、はい、ブルガリア生まれです。小さい頃にイギリスに来て、そのまま住んでます」
「ですよね。ジェリャスコヴァってとても有名な映画監督の名字で、もしかしてって思ったんです。ビンカ・ジェリャスコヴァって知ってますか、もしかして彼女の親類だったり?」
 エリツァはその名前を知らない、親類でもない。正直に言うと、里子は少し残念そうだった。
「ちょっといいですか」
「ええ、何でしょう?」
 里子は喉を綺麗にする。
「あー……Аз се казвам Сатоко Мототани. Приятно ми е да се запознаем」
 私の名前はサトコ・モトタニです。宜しくお願いします。突然、流暢なブルガリア語を披露するのでエリツァは深く驚かされ、思わず笑ってしまう。
 フェスティバルの後、エリツァは彼女を行きつけの喫茶店Cafe Unapproachableへ招待し、そこで交流を深める。
「変な名前ですね、気に入りました」
「でしょ。私も好きなんです」
 里子は自分がいかにブルガリアが好きかについて語る。特に文学が好きで、彼女の唇から現れるディミタル・ディーモフの『タバコ』やニコライ・ハイトフの『あらくれ物語』はさすがに知っていたが、ブルガリアの現代文学は分からなかった。特に彼女はカリン・テルジイスキという小説家と彼が執筆した短編集『あなたを愛してくれる誰かがいる?』への愛着を語る。
「彼の作品は、何と言うか、都市的なユーモア、同時に、登場人物たちの深い愛や敬意を感じられて、好きなんです。文章読んでると、旅行で、こう何度も行ってるソフィアが頭のなかに、ね、浮かんできます。イヴァン・アッセン通りなんて言葉見ると、嬉しい、でも更にその風景がテルジイスキの言葉で切り開かれて、新しい輝きが宿るというか……一番好きな短編は『愛』というタイトルの作品で、微生物学の教授が自身のゼミで学んでいる男子学生に恋をするって内容。彼女の心情が本当、本当に胸に迫ってくるんです。愛のままならなさ、人生のままならなさがこの作品のなかにあるんです」
 興奮が先立つ、ぎこちない里子の語り、それに好感を持つ一方で、自分よりもブルガリア文学、ブルガリアの文化を知るこの日本の女性に何か複雑な思いを抱く。それでも2人は仲を深め、時間や場所を越えて何度も何度も巡り会う。この縁がきっかけでエリツァは里子の短編を英語訳することになり、今年には晴れて彼女のデビュー長編である『鉄の枯れ木、新しい濁流』を翻訳出版することができた。評価は上々で、日本の女性作家たちの英語圏での受容、その最先端に相応しい1作と数えられることになった。今はコロナ禍によって2人は完全に分かたれていながら、タブレットの液晶画面を通じて深い喜びを共有しあった。

 何となしに外の空気を吸おうと窓を開ける。未だ暗澹として影に満ちた地面、そこに1人の女性が倒れているのに気づいた。心臓が縮むほど驚かされたが、不思議と闇のなかに女性の顔の造型が際立つ。彼女は口を大きく開き、表情筋をビクビクと動かす。明らかにあくびをしていた、彼女は生きていた。安堵しながらも、そもそも女性は何をしているのかと疑問を抱く。ふと目があった。瞬間、臓器に鈍い痛みが走り、グググとそれを引きずられる感覚を味わう。女性の身体から放たれる引力に、臓器がそのまま反応しているかのようだった。エリツァは部屋を出る。
 アパートを出た時、未だ女性が地面に倒れているのを確認する。しばらく遠くから身体を見つめるが、好奇心から近づいていく。どうしたんですかと聞こうとすると「おはようございます、お元気ですか?」と先に言われ、気圧される。訛りから、彼女はルーマニア人だと思う。記憶のなかに根づく、昔恋人だったヨアナ・アンドラエスクの口振り、その言葉の響きがこの女性と共鳴していたからだ。
「何してるの?」
 エリツァは素朴な疑問をぶつける。
「自殺の予行練習をしてるんです」
 女性は一切言い淀むことがない。
「投身自殺をする時、どう身体が叩きつけられれば一瞬で死ねるかなと考えながら、色々試しているんです」
 ジョークに決まってると思いながら、女性の瞳に映る、大木に穿たれた穴のような虚無には真実味があった。これに見覚えがある。ブルガリアに住んでいた頃、叔父であるゲオルギの目のなかに同じものを見た。彼は小さなエリツァを見据えながら、自身の子供時代、そこに宿るたった1つの風景について語った。
「僕はあの柔らかな、陽射しのぬくもりに包まれた芝生のうえに座っていた。僕のお尻にあのぬくもりが滲みこんでいく感覚が好きだった。目の前には小さな川がある。ブラガ――それはゲオルギの妻の名前だ――の首に浮かぶ筋のように、控えめでささやかな流れだ。ずっと見ていたよ、独りで幾ら見ても飽きることがなかった。時々、その向こうに広がる雄大な深緑の大地にも目を向けたが、だけど最後にはあの流れに戻る。ゆっくりとした移ろいが、瞳を優しく撫でてくれる。僕はいつまでだってそれを見ることができた。一生こうしていられればいいと思ったもんだよ、でも日が暮れ闇がやってくる、僕は家へと帰らなくちゃならない。そういうことだった」
 "そういうことだった"という言葉が、いやに酷薄に響いたことをエリツァは覚えている。そして瞳のなかの虚無を鈍く輝かせながら、彼は言った。
 Животът си тече тихо...
 "人生が静かに続いていく"と。1週間後、ゲオルギは自ら命を絶ち、エリツァの世界から自らの存在を消し去った。
 エリツァはおもむろに地面に横たわり、女性と同じ風景を見ようとする。女性と同じ風景を見ようとする。少しだけ明るくなってきた闇の空に、蜘蛛の巣のような細切れの雲が広がっている。
「あなた、何してる人ですか」
「今、それ聞くの」
「確かに自殺は考えてますけど、それで他人への興味が尽きるということはないみたいです」
「ふうん。私は日本語の通訳とか翻訳とかしてる」
「漫画とかですか」
「私の専門は医療、スポーツ、それから文学作品」
「文学って」
「サトコ・モトタニの『鉄の枯れ木、新しい濁流』って知らない?」
「知りません」
 その即答ぶりにエリツァは吹き出してしまう。
「正直言っていい? これって何が面白いのかよく分かんない」
 恋人であるメイヴ・マルムロスにそう言われたことを、エリツァは思いだす。ははは、エリツァは寝室でそう言った。
「怒った?」
 機嫌を取ろうとするかのように、メイヴは彼女の首筋にキスをする。
「万人受けする作品じゃないから。誰にも好みってものがある」
「かもね。でも日本文学って私には根本的に合わないのかもしれない。湿りすぎてる、北欧の文学とは真逆の印象。特に最近翻訳されてるやつ」
 エリツァは思わず苦笑し、メイヴは右手で顎を掻き毟る。そしてエリツァは抱いたモヤモヤを、セックスでうやむやにされる。終わった後、ベッドに寝転がりメイヴの寝室の天井を見つめる。別にどうということはない筈だった、何度もこの天井を見たことがある。だがこの時、天井に穿たれた文様が得体の知れない何かのように思え、しかも少しずつ肉薄してくるような感じを覚える。油が床を這いずるように遅く、だが確実にエリツァの網膜に迫る。戦慄を覚えメイヴに縋りつきながら、眠いから纏わりつかないでとすげなく拒まれる。辛辣な態度、辛辣な体臭、一瞬だけ全てを投げ出したくなった。
 エリツァは起きあがりながら、女は起きあがらない。
「いつまで寝てるの」
「もう少しだけ」
 立ちあがり、女の横たわる身体を見据える。流木、アンドリュー・ポピーの潔癖的なまでに美しい白髪、教室の床に転がったシャーペン。様々な比喩が浮かんでは消えた。
「本当に自殺なんかしないでよ」
「何でですか」
「悲しくなるから」
「そんなのあなたの勝手でしょう」
 素気ない物言いに、何とも言えない心地となりながら部屋へ戻ろうとする。何度も振り返るが、女は微動だにしない。今正にこの瞬間、本当に死んでしまったのかもしれない。そんな思いが浮かびながら、そんな訳がないと頭を揺り動かす。そして頬を動かして、笑顔を浮かべることを自分に強いる。
 部屋に戻る。ビデオ通話をしないかと唐突に里子に打診するが、彼女はそれを承諾してくれる。日本政府や東京都のあまりにもイラつかされる無能ぶり、最近読んだ1番面白かった小説は"Detransiton, Baby"というアメリカの小説、メイ・ウィンというハリウッド女優の死、ブリストルのある児童養護施設が直面する危機、2人は様々なことについて話した。ふと、里子の背後から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。生まれたばかりの彼女の娘であるエリスの声だろう。里子は嬉しいような困ったような、曖昧な表情を浮かべた。

 電話が切れると同時に、何故かタブレットの灯も消えた。液晶に自分の顔が映った。無邪気な顔なんかじゃあない、無邪気な顔なんかじゃあない。良きにしろ悪しきにしろ、生の歴史の地図が彼女の顔にも刻まれていた。それを1つの言葉だけで表現するなら"疲弊"だった。そしてあの女の、地面に横たわる身体が、顔に張りついた虚ろな表情が脳裏に浮かぶ。もう一生彼女と巡りあわないことを願う。そして数日後エリツァは否応なくその身体を、その顔を、その瞳を見ることになる。それがエリツァのささやかな運命だったからだ。

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。