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「クソ喰らえ、クローン病!」第13話~コリコリ、コリコリ

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 クローン病だと診断されて厳格な食事制限が始まってから、俺の口のなかに様々な食べ物の感触が思い浮かぶようになった。今後一生食べられないとは言わないが、格段に難しくなった食べ物の数々だ。読者に尋ねたいが、俺の場合に一番思いうかぶ食感っていうのは何だと思う? ぜひちょっと考えてから、視線を動かしてくれ。考えたか、じゃあ答えだ。もちろん色々思いうかぶが、1番際立つのは焼肉屋のコブクロ、軽快なまでにコリコリしたあの感触なんだ。

 焼肉は本当に好きだった。そう簡単に、そう頻繁に行ける訳じゃあなかったが、喰らえる時にはとことん喰らいまくった。猛烈な白煙と噎せ返るよううな匂いに包まれながら、口に脂まみれの肉をブチこんでいく。カルビとか、タンだとか、ハラミだとかもう全部好きで、焼酎かコーラを飲みながらそれを貪り喰らっていた夜のことを、昨日のように想いだせる。
 肉に比べるとホルモンはそこまで好きじゃないんだけども、コブクロだけは例外だった。見た目は確かに不気味だよ、野グソに群がるウジ虫っていうか、あれだな、2020年を代表するクソゲー「ファイナルソード」の、砂漠エリアに出てくるイボ芋虫みたいだ。だけど肉を貪った後に、ひねくれた形のコブクロを喰らう瞬間の心地よさ。爆ぜるような弾力があって、容易く噛みきれることはなく、俺は噛んで噛んで噛み続ける。その時に充実した旨味とともに、あの全く"コリコリ"としか言えない感触が、俺の歯を不敵に刺激するんだ。飲み下した瞬間にはあの感触が恋しくなり、新しいコブクロを口に放りこんで、モゴモゴと俯き加減で噛みまくる。最高の時間だったな。
 この些細な記憶が今の俺を苛む。腹痛に魘されながら眠る時、ただ静かにぼうっとしている時、風呂に入ってケツ穴を掻いてる時、そしてそれこそ他の物を食べてる時、コリコリとした感触が蘇ってきて辛くなる。クローン病をめぐって俺は様々なトラウマ体験に直面した訳だが、これは過去の些細だからこそ美しい思い出がトラウマと化した、タチの悪いやつだ。この感触が亡霊さながら俺の口に憑りついてるんだ。
 そしてこれが他の亡霊すらも呼び寄せるんだよ、それがキクラゲだった。豚骨ラーメンだとか麻婆春雨だとかに入ってる、あの黒褐色の控えめな食髄。料理自体の濃厚な味わいを堪能した後に、味よりもまず先立つコリコリした触感が俺の心を撫でる、心が落ち着くんだ。だけどキクラゲには不溶性食物繊維って成分が入っていて、これが俺の大腸を傷つける凶器に成りえる。だからクローン病患者が食べるべきではない食材リストに入ってやがる。少量ならまあ食べるのも許されるだろうと思うが、思う存分喰らうっていうのはもうできない。ああ、キクラゲが食べたい。
 クローン病の食事制限で失われた大きなものの1つが、食感を味わう愉しみだ。チョコレートのパリっとした爽やかな食感、唐揚げの衣を噛む時に味わえるカリカリ感、脂身のプリプリした柔らかさ……特に肉が宿していた様々な食感を好きに味わう機会が失われたのには愕然とする。鶏肉だとかローストビーフ用の牛肉は食べれるけど、クローン病患者用に調理された鶏肉を喰らうのは漠砂に首突っこんで砂粒を噛むような感じで、牛肉だって不味くはないが死ぬほどパサパサだ。料理を作ってくれる母親に感謝は絶えない。だが本当泣けてくる時があるんだよ。焼肉が喰らいたい、牛角の食べ放題に行きたい。
 ある時、母親が職場の同僚にもらったハツの缶詰を料理に出してくれた。ブタの心臓だな。焼肉屋では食べたことがなくて、この時に初めて食べたんだけど、あの失われた食感を再び味わえたような気がしないでもなかった。いやコブクロに比べれば全然弾力がないけど、それでも確かに"コリコリ"していたんだ。今の俺にとってオアシスに浸るような癒しを齎してくれた。だがその後に、より一層虚しくなる。今の俺はそんな時間を延々と、永遠と繰り返していた。
 この状況で、コブクロの食感が口のなかへ込みあげてくる訳だよ。俺は過去への甘い、それこそコリコリした郷愁を断ち切れないでいた。断ち切らなくては生きていくことがキツくなると分かっている。だがそう簡単に割り切ることができると思うか、なあ?
 学生時代の友人で今でも繋がりのある人間はたった1人だけだ。引きこもり時代にも連絡を取っていて、時々は焼肉を奢ってくれたよ、牛角でね。彼との焼肉が過ぎ去りし学生時代との唯一の繋がりで、その時だけは人並みに俺の過去へ懐かしさを感じた。そしてそいつとガンダムだとかYoutuberについて話しながら、牛角の食べ放題を食べるのは楽しかったが、こんな過去すらも完全には戻らない訳だ、厭になるよ。ま、いつかそいつにはクローン病患者でも喰らえる馬肉でも奢ってほしいけどね。ところで牛角の食べ放題にコブクロって含まれてたっけか、忘れたな、もうどうでもいいよ。

 だけどある出来事をきっかけとして、俺を苛んでいたコリコリという食感の亡霊が一時的に影を潜めることになる。そしてこの出来事で、俺は自分自身の未来と対峙せざるを得なくなる。

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その12】
Oameni japonezi mănâncă o mâncare numită kobukuro. Kobukuro e uterul vacei, însemnând "geanta copilului" în japoneza, și japonezi devoră unul fiert. Dacă ai vine la Japonia, să ne devorăm împreuna!
オアメニ・ザポネジ・マヌンカ・オ・ムンカーレ・ヌミタ・コブクロ。コブクロ・イェ・ウテルル・ヴァチェイ、ウンセムヌンド・"ジャンタ・コピルルイ"・ウン・ジャポネザ、シ・ジャポネジ・デヴォラ・ウヌル・フィエルト。ダカ・アイ・ヴィネ・ラ・ジャポニア、サ・ネ・デヴォラム・ウンプレウナ!

(日本人はコブクロという食材を食べます。コブクロとは牛の子宮であり日本語では"子の袋"を意味していますが、日本人はこれを焼いて貪ります。あなたも日本に来たら、一緒に貪りましょう!)

☆ワンポイントアドバイス☆
"Oameni"は"人々、~人"を意味するルーマニア語なので、例えば"日本人"と言いたい時は"oameni japonezi"、"ルーマニア人"と言いたい時は"oameni români"と表現するよ。でもただ"japonezi"でも"日本人"と表現することはできるから、響きや反復のリズムを鑑みながら使い分けていこう。"~しましょう"という勧誘は"să ne 動詞の1人称複数"で表現するよ。"Să ne vedem la iad!"("地獄で会いましょう!")みたいな感じだね。ルーマニアの人は肉とかかなり好きだけど、内臓も食べるんじゃないかな。でも少なくとも肉の方が好きって感じかな。というか牛の子宮を日本以外で食べてるところってあるのか。情報求む。


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。