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「クソ喰らえ、クローン病!」第10話~運命の内視鏡検査、ケツ穴ブチこまれ編

「クソ喰らえ、クローン病!」前話はこちらから

 待合室からやっと出られたはいいが、検査室の椅子でまた待つ羽目になる。この時の俺は"大腸に何か異常でてほしいな、そうだったら骨髄に異常はない訳だろ。まだマシだわ"とそんな甘っちょろいことを考えていた。皮肉だな、お前の願いの通りになったよ、クソ最低な形でだがな。
 何だかんだで名前が呼ばれて部屋に入っていくんだけども、部屋の内装を想いだそうとするだけで大腸がマジに痛む。何か妙にだだっ広い緑色の部屋にデカいい検査機とモニターがあるって感じだったけど、この特に何の変哲もない記憶が俺の臓器を苛むんだよ。ベッドに横たわり、ケツを丸出しにして、そこにゼリー状の液体を塗られる。看護師と医師の行動は迅速だった。"ああ、始まるのか"と思う暇もないままに、医師が俺のケツ穴に内視鏡をブチこんでいく。
 まあそこまで痛くないですよっていう評判だった。母親にも怖がる必要はないと言われた気がする。だが異物がケツに入ってきて、ヤバいと思ったその瞬間からとんでもない激痛が襲い掛かってきたよ。これはマジに今までで最も苛烈な、爆裂的な痛みだった。もう最初からそういう感じだったんだよ。だけど内視鏡が入っていくごとに、更に加速度的に苦痛が激化して、俺は速攻で半狂乱状態になった。
「うわあこれ炎症性腸疾患だわ、クローン病だな」
 ネタバレか? だが最初の時点で、医者は俺の病気を完全に見抜いた。その言葉は俺の耳を素通りしていったけどさ。クローン病の腹痛に関して"ドス黒い液体金属が渦を巻く重苦しい感じ"と表現したが、この痛みは超絶的にアグレッシブで、勢いが比べものにならなかった。液体金属とは大きさの格が違うアナコンダが大腸内をやたらめったら動きまくってるような痛みだった。痛すぎると意識がブチ切れて気絶するだとか聞いたことあるけど、俺の場合はむしろ逆に意識がより鮮明になって、悪魔的な痛みが猛烈に迫りくるのを感じたよ。
 その様子を見かねたのか、1人の看護師が俺の手を強く握ってくれたし、身体を擦ってくれた。その手つきの勢いが壮絶だった。彼女の掌と服が擦れる音がザラザラ響いていた。鮫肌で肉をこそぎ落しているような響きで、今でも耳朶にその残響が残って、消え去ることがない。この時、俺はソ連のプロパガンダ戦争映画に出てくる死に瀕した赤子であり、看護師はその命を必死に守ろうとする母親だった。観客の瞳から脳汁が出てくる類のやつだよ。
 この状況下で意識が鮮明どころか、変な境地にまで突き抜ける瞬間があった。その時の俺は痛みなんか存在しないかのように、極端なまでに冷静になった。それで医者に対して今の自分の気持ちを朴訥と話すんだ。
「これは何か、最低の気分ですよね。さっきクローン病って言ってましたけど、聞いたことありますよ。確か潰瘍性大腸炎と似ている疾患なんですよね、大丈夫なんですか」
 それからまたヤバい激痛によって半狂乱状態に逆戻る。叫びながらその苦しみが最高潮に達して、悟り状態になる。
「僕は引きこもりで、金も稼がずに実家で親に寄生しているんですよね。だから"ああ、ヤバい病気に罹ってしまって本当に金がかかってしまう。こうして両親に更なる迷惑をかける訳だな"って今は厭な気分になってます。今日、Twitterでこういう文章を読んだんですよ。"日本人は『人に迷惑をかけるな』と育てられる。でもインド人は『人に迷惑をかけることは避けられない。だから迷惑をかけることは構わない。でも人から迷惑をかけられても許せるような人間になろう』と育てられる"って感じです。俺ももしインド人の両親に育てられたなら、今のように罪悪感まみれの卑屈で厭な気分にはならなかったんじゃないかって思ってしまうんですよね」
 半狂乱と悟りを忙しなく繰り返す俺に対して、医師は内視鏡をケツ穴にブチこみ続けながら、驚くほどの自然体で応答していた。
「そうですね、似ている病気です。でも潰瘍性大腸炎より大変になるかもしれない」
 医師は内視鏡をケツ穴にブチこみながら、そう言った。
「人間というのはそういうものじゃないですかね。迷惑をかける生き物なんです。今からでもこれを受け入れながら生きていくことはできると思いますよ」
 医師は内視鏡をケツ穴にブチこみながら、そう言った。これがプロかってそういう感じだよ。
 内視鏡検査はマジに永遠の地獄に感じたし、さっきの待合室での倦怠よりももっと悍ましい不条理を味わったような気分だった。何回目かの悟りの最中に医師が説明するには、内視鏡を真っ直ぐ入れられれば痛みは少ないのだけども、余りに大腸の炎症が多すぎて曲げ入れざるを得ず、それで壮絶な激痛が生まれるという。いやそんなの知らねえよって感じで早く終わることだけを願った。
 そして実際、ちゃんと終りがやってきた。今まで小説で"死骸のような"みたいな比喩表現を何度も使ってきたけど、いやマジでケツ穴から内視鏡引き抜かれた後の俺がそれだよ。しばらく動けなかった。それでも医師の診断を聞く必要があったので、魂が完全に抜かれた状態で動こうとしていると、また悟りの時がやってくる。
「出産の陣痛ってこれよりも痛いんですよね、ヤバくないですか」
 そうしたら医師が言った。
「いや、これは陣痛より痛いかもしれないですよ」
 俺は驚いた。これは子宮を持たない人間2人の会話なので、正直ホモソーシャルな戯言の域は出ない。だが痛みのスペシャリストである医師という存在にこれを言われたのは結構衝撃的だった。
 そして部屋に母親がやってくる。俺は硬い椅子に座る。ケツ穴が深く、深く傷む。そしてその時が来る。医師は俺にクローン病という診断を下したんだった。忘れられないよ。

 「クソ喰らえ、クローン病!」を読んだ人が"笑った"とか"ユーモア"とかそういう言葉を使って感想を呟いてくれる時があるんだけど、それが嬉しい。こんな最低の状況、笑い飛ばさなきゃやってられないからな、いや本当に。だからこの物語に俺は、意識的にユーモアを込めようとしている。それは歯を喰い縛りながら紡ぐ類のユーモアだ。俺のこのクソみたいなトラウマ体験を読んで笑ってくれる人がもしいるのなら、俺はマジに嬉しいよ。

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その9】
Ieri, un endoscop a fost înfipt în anusul meu. Foarte chinuitor. După asta, am mâncat sushi. Foarte delicios.
イエリ、ウン・エンドスコプ・ア・フォスト・ウン・アヌスル・メウ。フォアルテ・キヌイトル。デュパ・アスタ、アム・ムンカト・スシ・フォアルテ・ディチョス

(昨日、私のアナルの中に内視鏡がブチこまれました。とても痛かったです。その後に寿司を食べました。とても美味しかったです)

☆ワンポイントアドバイス☆
ルーマニア語で"~は痛い、苦痛です"は形容詞の"dureros"で普通示すのだけど、それよりもっと意味が強いのが"chinuitor"だ。"拷問する"という意味の動詞"A chinui"が語源だからね、いやマジで内視鏡検査は拷問レベルに辛かったよ。最近、婦人科検査における痛みが話題だけど、病院側は患者が少しでも痛みを感じないようにするべきだね。この文章は作者の実際の経験だよ。5話に書いた寿司の下りはこの検査の直後に起こったことだったんだ。でも正直に言うと、最近は辛い経験が立て続けに起こり過ぎて何が何だか分からないから、もしかしたらこれは記憶の混濁で、実際の経験ではないかもしれない……


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。