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発条(ぜんまい)

本日も、自分は選択の上に立っている。
遠くない未来に、近くない過去に焦がれて、それでも遠い未来を踏みしめるために手の届く“今”を“過去”をかき集めて歩を進めるのだ。

歩を進めるために投げ棄てた後悔も懺悔も辛苦も、もうみえない。
「みえない」のは、歩みを進めたからなのか。まとめて押し込んで鍵を掛けたからなのか。
それとも、この眼前に立ちこめる暗雲の所為なのか。
そんなものは知らないし、「みえない」ままでも歩みを進められることを、自分は知っている。

ただ。

ひとつ、気掛かりがある。
気に留めたくもないが、無視できないこと。


軋む音がする。
なにが、軋んでいるのか。軋轢を生んでいるのは何なのか。
そんなくだらない問いなど態々形成するまでもない。わかっているのだ。

きりきり。きしきし。ぎりぎり。ぎしぎし。

目を瞑り耳を塞いで歩みを進めた。
その先のことなど、考えたところで無駄である、と。
そうして。
気づかないふりが赦されなくなったころ、ようやく頬に傷みを抱えていることに気付いた。
そう、たった今。

軋んでいるのは周りではなく自分だった。
ひび割れているのは未来ではなく記憶だった。
望んでも抱いても掌から零れるのは、掌で掬える程に自分の手が崩れていないと思い違いをしていたから。


嗚呼、滑稽だ。
ぐるりぐるりと巡り廻って、体得できたのはこの厭世感と自分が崩れる感覚のみ。

馬鹿らしいと嗤って目を閉じる。
この身体でも目を瞑れば夢に溺れられる呑気さに、どうして自嘲せずにいられようか。

眠る。
睡る。
深くまで。
沈むように。
舐るように。

眠る。


そうして、目が醒めて。
再び歩を進めるのだ。
きりきりと軋ませながら。
眼前に広がる眩い朝日に目を眩ませながら。

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