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鉛筆

描いたのは、理想だった。
……。そう表現してしまえば、すべては収束するのかもしれない。
それでも拭えない記憶が、意地汚い欲が、記憶に蓋をすることを拒んでしまう。

もう、磨がれたばかりの誇れるようなわたしではない。
もう、背伸びにさえ微笑まれるような愛らしさも持ち合わせてなどいない。
もう、傷みさえも含めて快活に笑える強かさなど持ち合わせてもいない。

もう、寄り添えるほど、わたしは永くはない。

枯葉がお似合いだ。それでもこの時期になれば、輝きと溢れんばかりの未来を抱えた新芽が芽吹くから。少々卑屈になってしまうことくらい、許してもらえないだろうか。生きやすい季節など、今年もまたすぎてしまったのだ。
この体躯に不釣り合いな小春色を纏うことも、なくなった。身を削る代りに生まれ変わった気になれる魔法さえ、つかえない。削る身がなくなった今では、魔法使いは此方に目を遣ることさえ躊躇するのだろう。

疑問に思わざるを得ない。
失くしたものならいくらでも挙げられた。
隣で笑い合った友人もその気難しささえ愛しかった知人も、枯葉が似合うか定められないうちに空へ誘われて帰ってこなかった。
いっそわたしもそちらへいこうか。
……嗚呼、滑稽だな。
わたしは誘われてすらいないのだ。どうして彼ら彼女らの隣を望めようか。

そんなことを日々、粛々と重ねてゆきながら、眠る。
どうかもう一度、あなたの掌がわたしを包む日がきますように。
どうかもう一度、このくたびれて小さくなった身体に、不釣り合いな小春色を。
どうかもう一度、あなたの夢を描けますように。

描いたのは、理想だった。
それでも、その理想を夢みているうちは、目を瞑っていられるから。眼前に広がる濃霧に包まれた宛てのない暗がりを見つめずに済むから。
だから、理想を描く。
描くのは得意なんだ。皮肉だね。

そうして今日も眠る、眠る。




其れを忘れじと抱かれていたことなど、目も開けぬ彼女は知る由もない。

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