弟子に準備が出来た時、師匠が現れるのか単なる支障かの2

※同タイトルの前回からの続きです。

 なので、というか別にそういうこばなしを引っ張って来るまでもなく師匠を適切に選べとか、準備が出来た時に勝手に現れるのが師匠なのだというなんか無責任極まりなかったり放言にしか見えない言葉がたまに飛び交うこの界隈、具体的にどうしろってんだよという辺りを詰めて行きたいと思います。

 1、肉体を持っている=今も生きている師匠に導いてもらう
まず、貴方に師匠がどういう人物なのかを見抜き切る目は無いし無いからこそ先達を探しているのであって(これは探している時点でどのタイプでも同じだが)貴方のとりあえず弟子入りしてみた先生が何処までそういう変な事が可能なのか、とりあえず行かせて帰って来るルートが作れるのかその辺は適当なのかやそういう事が可能だが、金銭肉体等代償を要求してくるのかしないのか、あるいは理解不能なレベルでの代償を要求してくるのかこないのか等一切不明です、不明だしどうやったら先に進めるかが分からないからとりあえず師事はしてみたけれどわからないから師事してみた先生の実力もわからないという地獄ですね・・
 もちろん、うちの先生や宗派は絶対に正しく問題無いのでガンガン行くべきだ私の直感にピンと来たから行くんだという人を頭から否定する気はあんまりないです、僕もおんなじような物だったので・・ただ、そこまで信用出来る肉体を持った存在って居ますかね?肉体ある限り性欲も食欲も名声欲もあるのが普通だと思いますけど・・

 1、EX
あんまりこういう言及の仕方はしたくないんですけれども、麻原含めたオウムの高弟に派手な体験をさせるメソッドや、能力が無いか有るかで言えばあったとしか言いようが無く、それは入信した信者の回想録を当たれば別にアニメチックな物ではないけれど、言う通りに修行していれば背骨がどうのや霊的体験がどうこうというのはとっくにオウムを棄てた人間からも拾えてしまえるんじゃないんでしょうか?それが本当に霊的なのかとか、安全性を確保しているか等問題点は山盛りであったり、現に「わたしはこのしゅぎょうのかていでどうなってもかまいませんしょうもんかきます」みたいな物を信者が書かされていたらしく、そういう安全性を担保しないけれども色々体験可能なのかどうかで言えばオウムはそういう事が出来たと言うべきだし失敗して狂気に陥りどうしようも無くなったので狂った信者を処分したとかなんとか
そこを認めないとオウム関連の議論は根っこをすっ飛ばしたような物ににしかならないですがそれが現実的に議論になるかと言うとううむですね・・

 2、その師匠は肉体を持っていない霊的な存在で修行してたら勝手にやって来る

肉体を持っていない師匠やグルを信用するって時点で、かなりヤバいんじゃないんでしょうかね?大体そういう考え方を補強する古典とか伝統的なアレや別に伝統的でない近代に作られたメソッドであってもそういう物を貴方は持ってるんでしょうか?という疑問を食い破れる程の体験があればいいんですが、なかなかそうはいかないねんな・・
まず、肉体を持っていない存在のいう事を聞く時点でそれは既存のアレコレからかなり離れているので入り口からして変わっているだろうし、序盤中盤終盤常にそういう怪しげな存在の言う事を聞く道であるという事を自覚しつつ進むって、かなりの難行道ですよね?
 けれどもまあ、今時怪しいオカルトスピな道を行く以上はどうせならそういうルートで行くべきなのかもしれませんね、本当にそういう存在が語り掛けて来ているのか自分の脳内のアレコレなのか等アレな点は尽きないしそういう意味でも難行道なんですけれども。

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