レオの火消し(2)

2

薄暗いバーのカウンターに置かれたハイボールの氷がカランっと鳴った。
80年代のジャズが流れている店内に座っているのはくたびれたスーツを着ている40代前後の男だけ。
男は虚な目をしながら少し上向きで顔を赤らめていた。
「はぁ、、今月もダメか、、」
ハイボールを少し飲むと男はぐったりと肩を落とした。
目の前には長身のバーテンダーが束ねた長髪を触りながら客の様子を伺っている。
「何かお困りごとでも?」
バーテンダーは愛想良く客に話かけるが、目は男の挙動を細かく観察している様子だ。
「今月も営業成績が未達なんだよ、、、部長の野郎、自分じゃ何もしないくせに数字だけは押し付けやがって、、、」
男は強い口調でそう言うとハイボールを飲み進めた。
「そうでしたか、それは大変ですね。」
バーテンダーの返事はどこか無機質だった。
「けっ、お前みたいな下っ端に分かるかよ。」
男はハイボールを一気に飲み干すとゴンっとグラスをカウンターに置いた。
ハイボールの下には[Spider’s Akasaka]の店名が書かれたスタイリッシュなコースターがある。
「いえ、私はこれでもここのオーナーですので。」
バーテンダーがそう言った瞬間、入り口の扉が静かに開き、扉についた風鈴が心地よい音を鳴らした。
開いた扉の隙間から黒いコートを着た金髪の男が無愛想に店内を見回している。
男はハイボールの男に気づくと店内に入り、ゆっくりと扉を閉めた。
コツコツと革靴の音を立てながらカウンターへ到着すると、ハイボールの男の隣にコートを着たまま腰掛けた。
「いらっしゃいませ。いかが致しますか?」
バーテンダーがまたも愛想良く注文を取るが、相変わらずスキのない目線が目立つ。
「ラフロイグをロックで。」
黒いコートの男は気怠く注文をすると、ふうっと少し息をついた。
バーテンダーは手際良く氷をピックで割ると、ロックグラスの中に丁寧に置き、ラフロイグを注いだ後、コースターに乗せ、黒いコートの男に出した。ハイボールの男は横目で見ている。
黒いコートの男はラフロイグを一口飲むと舌を口のなかでまわし、良く味わった後にごくりと飲み込んだ。
「やっぱりラフロイグはロックだな。あんたも飲むか?グラスが空みたいだけど。」
黒いコートの男は少しニヤッと笑いながら隣のハイボールの男に話しかけた。
「そんな安酒は飲まねぇよ。ちっ、どいつもこいつも。」
普通はハイボールよりラフロイグの方が幾分か値段が高いが、ハイボールの男はあまりバーに来ないのだろう。
「そうか、あんた見るからに安そうな奴だから美味しいお酒でも教えてやろうと思ったんだけどな。」
コートの男はまたニヤッと笑いながらそう言うと、ハイボールの男の顔は更に赤くなった。
「てめぇ!喧嘩売ってんのか?」
ハイボールの男は椅子から立ち上がると拳を振り上げ、コートの男に詰め寄った。
その瞬間、コートの男の周りに静かな風が走り、辺りがスローモーションになる。
風が収まる頃、コートの男は何故かハイボールの男の後ろに立ち、振り上げた腕を強く握っていた。
「喧嘩は売ってねーが、依頼を受けててね。
あんた手見せてみろ。」
コートの男はハイボールの男の腕を掴んだまま、袖を少し下ろした。

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