獣医はいらない?!
愛護会は県に対して、「鹿のための病院機能はいらない、鹿の治療は外部の獣医に任せたい」という内容を要望している。
奈良の鹿愛護会の設立目的は「奈良の鹿の保護育成」のはずだが・・そして奈良公園内では毎年100頭以上の鹿が交通事故に遭っている。一般の人から車にひかれた鹿がいるとの通報を受けたら、愛護会職員が現場に向かい、その鹿を救助することになっているのだが、鹿を車に乗せて運ぶだけで、あとは別の場所に持っていくだけということか。まるでゴミの収集車のように。
おそらく愛護会の本音は、「人手が足りないので、交通事故に遭った鹿の治療をわざわざやっている暇はない。それに県や保健所に通報するような獣医はいない方がよい」といったところだろう。
ところで愛護会が言うような外部で鹿を治療してくれる動物病院が存在するのか?私のこれまでの経験からすると非現実的だ。私はこれまで全国の鹿を保護した人から、ケガを負ったり、弱っている鹿を診てもらえないか、との問い合わせを何度か受けたことがある。残念ながら、業務として私が診療することのできる鹿は奈良の鹿だけだ。治療中の奈良の鹿を放置して、他の地域の鹿を治療しにいくことはできない。そこで、現地で鹿を診てくれる獣医さんを探してもらえば、その獣医さんと治療について電話で話をすることはできるとお伝えするのだが、これまで現地で鹿を診てくれる獣医さんが見つかったことはほとんどない。
そもそも動物病院の獣医さんは、鹿を診察した経験がない。鹿は大型の動物で野生動物であるため、扱いが難しい。それにどのような病気を持っているかわからない。鹿の体にマダニがついているのはごく普通のことなので、犬猫の患者や診療スタッフにうつしてしまうリスクがある。また弱っている鹿はすぐに放せないため、入院させておく必要がある。世話はどうするのか?など考えたら、断らざるを得ないのは当然だろう。愛護会の考えはあまりに「現実を無視している」。
そして、「人手が足りないから、治療にマンパワーを割けない」という理屈について。人と同じくらいの重さの動物を扱っているというのに、愛護会で獣医師は私一人である。以前よりせめて動物看護師をアルバイトでもよいので雇ってほしいと愛護会に訴えてきたが、いまだ聞き入れられていない。愛護会は鹿の治療に人手をかける必要はない、獣医師一人で足りる仕事と考えているのでは?成獣の鹿は、体重40キロ以上あるので、担架にのせて運ぶのは一人では無理である。鹿を治療する際は、麻酔で眠らせなければならないが、麻酔が効いている時間内に治療を終わらせるには、助手が必要不可欠である。今の所、動物看護の知識も経験もない職員がローテーションで治療の手伝いに来ているが、鹿の治療で一人抜けると他の仕事の手が足りなくなるで困るのだろう。であれば、動物看護師を雇えば済む話である。
要するに愛護会では、人が相手の出動要請、訪問客の見学案内、鹿寄せなどの行事の優先順位が高く、鹿の世話や治療は優先順位の低い仕事という考え方が根底にあると思われる。対外的には、鹿の保護活動を行っていると言いながら、鹿を治療するために専門の人材を雇用する気はない。この調子では「苦痛を取るための治療」だとかなんとか言って、特に交通事故で重症の鹿を安楽殺することも平気でやりかねないと私は心配している。
さらに特別柵の鹿が粗悪な飼料を与えられて死亡する個体が後を絶たないと、公益通報した私は、愛護会にとって完全な厄介者扱いである。上層部が私をやめさせたがっていることを、面と向かって言われたこともある。特別柵に痩せている鹿が3/4以上いても「これまでエサはイタリアンストローを与えてきて問題ない」「食べ残しているから十分与えている」等と言い続けてきた愛護会。エサ代の予算がないなら、クラウドファンディングすればよいという私の提案は一蹴された。「うちはそんなことやらない」と。
組織の体質が非常に排他的で、自分たちと違う意見を述べる者に対しては容赦なく排斥しようとする。自分たちが正しいと信じて疑わずに、動物に対する考え方が、動物愛護管理法や世間一般の考えとずれていないか、省みる姿勢は皆無である。それどころか「鹿を愛している」と公言してはばからない愛護会幹部たち。本来なら、長い目で見て奈良の鹿と人との共存を図っていくための方策を考えるのが、奈良の鹿を愛する者の仕事だろうに、鹿の治療はやらないと言って獣医を追い出しにかかっている。奈良の鹿を本気で保護するつもりがないような団体が県や市から補助金をもらうのは、果たして適切と言えるのか?