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いろ日記 25・最終回【8/13-8/18】 -日記小説-

ある人の ある8月の日記です。


●8月13日 「 夜空に、赤 黄 緑 」

南ちゃんから電話がかかってきて、何だ何だと思ってあわてて出ると、しばらく無言だったので、南ちゃん?と呼びかけると、南ちゃんじゃないみたいな声でぽつぽつと話し始めて、話が進むにつれていつもの南ちゃんの声になって、「でも大丈夫です。失礼します。」と電話が切れました。私はすぐに電話をかけて、今どこにいるの?って、今から会いに行くことにしました。坂野さんへ急いで電話して、今日の予定を明日へずらしてもらうようお願いしました。「もちろん行ってください」と言ってくれた落ち着いたその声に、とてもほっとしました。

南ちゃんに会って私に何ができるんだろうと思いながら、約束したカフェでじっと待っていると、南ちゃんがやってきました。浴衣姿の南ちゃんでした。
南ちゃんには好きな人がいて、その人と今日は二人で花火を見に行くことになっていて、浴衣も用意して楽しみにしていたら、今日になって、その好きな人から連絡があって、違う女の子に「南さんと花火行くのいやだ」って言われて、それで告白されて付き合うことになったから一緒に花火行けなくなった、ごめんねー、ということがあったそうです。
「なんで語尾伸ばすの。なんで謝ってるのに楽しそうなの。」
南ちゃんは、「私もいやだよって、私も好きなんだけど、って言ってしまおうかと思ったけど、これ以上情けなくなりたくなくて言えなかった。負けてる感じになりたくなくて、おめでとう、よかったじゃん、彼女と行った方が楽しいよ、絶対、って大きな声で言って笑っちゃってた。いつもの自分を守りたかったのかな。」って。
私はずっと南ちゃんを抱きしめたかったけど、なぐさめたかったけど、うなずくだけで何もできないでいました。それでも南ちゃんは、「私はいつも何でもない顔をして強がってしまうから。負けを認めたくなくて戦ってしまうから。でも、さちこちゃんと一緒にいる時は、ちゃんと悲しい顔ができる。今日は、悲しい顔をしていたかった。悲しい顔してあげたかった。」とそう言いました。私は、南ちゃんは負けじゃないですよ、南ちゃん大好きだよ、って何のなぐさめにもならないことを言ったけど、南ちゃんは悲しい顔のままうなずいていました。

「今日はありがとう」って南ちゃんが帰ろうとした時、外からドンと音がしました。私は、南ちゃんの手を取って、ドンドンと音のする方にずんずん進んで行きました。しばらく行くと橋の上から、遠くにあがる花火が小さく見えました。
今日の花火は苦くてきれいでした。
そして、南ちゃんは何よりも本当にきれいでした。


●8月14日 「 氷の溶けたカフェオレの色 」

昨日の南ちゃんの顔が浮かんできて、私は今日坂野さんに会いに行っていいのだろうかという思いがちらつきながら、待ち合わせ場所に向かうと、先に坂野さんが待っていてくれて、昨日のことを謝ると、「全然。僕のことより南さんは大丈夫でしたか?」と心配してくれました。

今日は、明日とあさっての予定を決めたかったので、ブックカフェへ行きました。旅をテーマにした本のコーナーを見たり、坂野さんの好きな本を見つけて脱線したり、それぞれにただ本を読んだり、何も決めないまま時間が過ぎていて、たのしいですねって私が言うと、熱心に読んでいる本から顔を上げて「たのしいですね」って坂野さん。小さくクスクス笑いました。
結局、明日は映画を見に行って、あさってはひまわり畑へおでかけすることになりました。
一緒に何をするか考えるだけでおもしろいです。そのすきまに新しい表情が見られるのもうれしいことです。たのしくておもしろくてうれしくて、いつの間にかカフェオレの氷がすっかり溶けていました。

また明日。


●8月15日 「 ポップコーンカラー 」

今日は坂野さんと映画を見に行きました。
映画館で映画を見るのは何年振りでしょうか。
坂野さんがポップコーンを買っていて、「どうぞ」と言ってくれて、一緒に食べました。映画館でポップコーンを食べるのは初めてで、何だか楽しかったです。
おさかなの女の子がとてもかわいくて、海の中のシーンがとてもきれいでした。一緒に走ったり泳いだりしてるみたいで楽しかったな。
映画のここが好きだったとか、どういうことなのかなとか話していると、同じ映画でも見方や気になるところが違っておもしろいなと思いました。
そういえば、映画は坂野さんが決めたのですが、私が最近、魚や海が好きだから選んでくれたのかもしれません。

今日が終わっても明日があるってうれしいな。


●8月16日 「 きいろ 」

今日はちょっと遠出だから、早めに待ち合わせして、電車に揺られながら、景色を見たり、おはなししたり、ちょっと居眠りしたり。
電車から降りて、しばらく行くと、黄色がぱっと目に入ってきて、思わず二人で小走りになりました。一面にたくさんたくさんのひまわりが咲いていました。ひまわり畑ははじけるような空気でいっぱいで、とても明るくてもっと楽しい気持ちになりました。ただひまわりの間を歩いたり、ひまわりを見上げたりするだけで、元気になれる気がします。

南ちゃん、どうしてるかな。
南ちゃんと花火を見た日から、南ちゃんのこと、それからいろんなことを考えています。

気持ちを伝えられること、伝えられないこと。
言葉にしなくても伝わること、言葉にしないと伝わらないこと。
変わってしまうこと、変わらないこと。
言うと壊れてしまうもの、言うと続いていくもの。

そういうことと、私がどうしたいかは結びつかないけれど、今日の私は何かを言葉にして伝えてみたいと思いました。
そして、坂野さんに、これからは会社じゃなくて二人で会う時にハンカチを持ってきてもいいですか?って聞いてみました。
「それもそうですね。そうしましょう。会社でしか会えなかった時と今ではちがうもんね。」と坂野さん。
ハンカチをきっかけにしなくても、今は坂野さんと少しは話せるようになったと思うから。それから、何か用事があってもなくても、坂野さんに会いたいなと思うから。
「よかった。僕も同じこと思ってました。いつでもハンカチを受け取れると思うとうれしいな。」
だから、この先、坂野さんのおうちに持って行ったり、私の家でアイロンをかけてもらうこともあるかもしれませんね。
「そうですね。大川さんが嫌でなければ、いつでもアイロンかけますね。」
それはそれで、想像するとおかしいな。ふふふ。
ハンカチをどうするとか、一緒にいる時間が増えるとか、そんな風にこれからも変わっていくことがたくさんあるのかもしれません。変わることも、変わらないことも、それをこわいと思わずにおもしろいと思うことができたらいいなと思いました。

今日は、たくさんひまわりを見たから、目の中に黄色がずっと残っています。
きれいな一日でした。


●8月17日 「 かすかに秋色 」

今日からまたお仕事。
南ちゃん、お仕事に来てくれて、顔が見られてほっとしました。
いつものようにしっかりと仕事する姿が美しくてじーっと見ていたら、南ちゃんはキリっとした視線を私に向けて「そんな気をつかわなくて大丈夫ですよ。ちゃんと心の整理はつきましたから。」ときっぱり。
南ちゃんがきれいだからついつい見とれちゃっただけですよ、と私が言うと、「え、さちこちゃんってそういうこと言う人でしたっけ?私のせいで無理してません?」と南ちゃん。
いつも思ってることを言ってみただけですよ、と言うと、「ありがとう。」と笑った南ちゃんの顔が見られてうれしかったです。

帰り道、吹いてくる風の中に少し冷たさを感じておどろきました。昨日ひまわりを見たところなのに。もしかして、もう秋なの?と、風に聞いていました。


●8月18日 「 いろいろ 」

最近、日記をたくさん書いたから、今日でこのノート、終わりになりそうです。

ふと思い立って、3月からこの「いろ日記」を書き始めました。
中田さんが仕事を辞められて、私にとってそれは大きな変化で、私一人になる不安もあって、それでも続く繰り返しの毎日の中で、何かを見つけたいような、意味があると思いたいような、そんな気持ちで、美しい色が見つけられればその一日が美しく思えるような気がして書いてきました。
「いろ日記」を書いているうちに、何もないと思っている中にも何かはあって、何も感じないと思う中にもちょっとした感情の動きがあることに気付いて、それでもやっぱり何もないと思うこともあって、一日をていねいに見つめることができました。
そして、坂野さんと出会って、南ちゃんと出会って、二人のことや自分のことを考える時間が増えて、悩むことも楽しいこともたくさんありました。今では、「いろ日記」に書くような人に話すほどでもないと思っていた小さなできごとも、メールしたり電話したりして話せるようになりました。それが、すごくうれしいです。
これからも、その日のことを話していきたいです。
だから、新しいノートで続けようか考えていたけれど、今日で「いろ日記」を終わりにしようと思います。

つまらない、何もない、私の毎日にも、美しい色がたくさんあることを知りました。だから、今は、「いろ日記」がなくても、意味を探さなくても大丈夫って思えます。そして、私もたくさんの色でできています。そんなたくさんの色にかこまれていると思うとちょっとだけ勇気がもらえる気がします。
これからも私はたくさんの色を集めていきたいと思います。

「いろ日記」 おしまい。


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