闇の取引に忘れ物、その時あなたは

　変な人に遭遇することはあるだろうか。私はよくある。

大学時代、私は最寄駅近くのスーパーでバイトをしていた。そこでの常連客もヤバい人が何人かいたが、あの頃はヤバい人を惹きつけるなにかがあったのかもしれない。

　バイトの帰り道、とぼとぼ一人で歩いていると突然後ろから強めに肩を叩かれた。振り返るとそこにはダボダボのジャージを着た人相の悪い男が鼻息荒く立っている。「兄ちゃん兄ちゃん、ちょっと待ってよ」とガシッとこれまた強めに肩を掴まれた。
いきなりの出来事にビビり倒す私。相手をよく見てみるとダボダボのジャージで体格は読めないが、顔はとにかくイカつかった、と思う。ウシジマくんみたいな感じだったような。

ウシジマくん『お兄さん、チーマー？』

どういう質問？と思った。バイト終わりだったので黒のスラックスに白シャツという制服の上から黒のカーディガンを羽織っている。そんなどこにでもいそうなプレーン大学生捕まえてチーマー？って聞くかね。というかチーマーが近くに存在するのかすら不明。違いますとしか言いようがない。

『組のモンがチーマーにヤられてさ。こちとらメンツ潰されたらたまったもんじゃねーんだわ。だから今組の若いモンに探させてんだよ』

なにかしらに指定されている組員の方でした。モンモン言っててちょっとウケますが、実際目の前にすると怖いもんなんです。んがしかし、その後のエキセントリックなモンモントークに私は疑いというか疑問というか、この人ちょっと頭の方が弱いのかな？？と思い始める。

『チーマーにボコされるなんて情けねーよな？まあそれは置いといて。これから1000万の取引がこの先のマンションであるんだよ。なんの取引かって？お兄さんみたいな人は使っちゃいけないものだよ(笑)で、まあその取引に必要なもんがあってだな…』

『相手と電話で取引の話をして盗聴されてたらたまったもんじゃないだろ？だから直接相手のところに行くんだよ。その時に必要なのが合言葉なんだが、今の時代は言葉じゃなくて物なんだよ。相手が指定してきた物を持ってくんだよ、例えば今日の新聞とかな。…でも今回は5万なんだわ』

『そこでなんだが、今たまたま5万持ってないんだよ。俺は駅前のパチンコ屋経営してるから借りてくればいいんだけど、今すぐ必要なんだわ。パチンコ屋まで行ってる時間ないから、お兄さん貸してくれない？25万で返すよ。ここで待っててくれれば、取引が終わった後に25万を入れた封筒を道端に落とすからそれを拾って帰ればいい。悪い話じゃないだろ？もし手元に無かったら今すぐそこのセブンで金下ろしてきてくれよ』

黙って聞いてる途中からビビってるのがアホらしくなるくらいのウルトラ級に残念な人である。ツッコミどころ満載過ぎてどうしようかと迷っていたら急に怒鳴られた。

『そこに座れぇぇい！！！お前な、考える暇ないぞ？今すぐ行かなきゃお前の命が危ないんだぞ？デカい取引だから組長の俺が直々に動いてんだよ。この先の道で若いモンが張ってるからな、呼べばすぐ来るぞ！』

組員かと思っていたらまさかの親分。親分怒りの5万カツアゲ。しかもいつの間にか命が掛かっちゃってました。チーマー探しの設定はもう忘れよう。
大人しく座りながら目の前を通る人たちに助けを求める目線を送るが完全無視。アスファルトの上で正座はかなりの異常事態だと思うんだけど、みんな冷たいもんです。

私「すいません、教科書を買ったばかりでお金ないんです。これ口座の残高なんですが、見てください」

とりあえずお金は渡したくなかった。昭和の苦学生みたいな言い訳だが教科書を買ったのは事実で、財布から差し出したATMの領収書は、以前バイトをした時に開設した残高数百円の口座のもの。最悪、コンビニに行って店員さんに警察呼んでもらえばいっかー的な余裕も出てきたりしていた。

『………もういいよ。若いモンに気をつけろよ、何するかわからねーからな』

金がないとわかるとあっさり帰っていいよのアンサー。え、マジすかとか言いながらズボンについた砂をはたく私。親分はもう背中を向けて歩き始めていた。もしかして、と思いながら一応身構えて道を進むも若いモンなどいるはずもなく。

　次の日。昼まで寝ていると突然のピンポン。まさか本当に若いモンが！？と怯えていると、警察でーすの声。飛び起きてドアを開ける。

警察「昨日この辺りで学生が恐喝にあったんだけど、なにか知ってる？」

知ってるもなにも、やられましたよ私も！と克明に昨夜の状況を説明。二人のお巡りさんはフムフム言いながら聞いてくれる。

警察「で、なにも取られなかったんだね。にしてもねぇ、言ってること無茶苦茶だし本気なのかなぁ。まあでもお金取られちゃった子いるんだよねぇ」

本気かどうかは謎のままだが、無茶苦茶な脅しを真に受けてお金を差し出した奴がいたことの方が驚きだった。被害者には悪いが、もうちょい冷静になれと言いたい。