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モブメガネ美人局

 窓の外では雪が舞っていた。おでんが旨いんだよ、と誘われついて行った先は神田の小料理屋。そこでは取引先のMくんがとある国の担当に抜擢されたお祝いをする会が行われていた。

 ドカタを辞めて転職した先は商社の営業マンだった。私が担当していた取引先の中で、国内営業のほか様々な国とも取引をしている割とグローバルなメーカーがあった。そのメーカーでは、とある国担当は相当タフなうえ求められるものも大きいが出世コースでもあった。若手チームの中でも1、2番の成績を誇るMくんが選ばれるのは当然のことだった。
Mくんと仲良くなったのは入社してすぐの頃。取引先だが直接の関わりはほとんどなく、同い年ということだけは知っていた。仕事終わり、駅までの道を歩いているとコンビニで立ち読みをしているMくんを偶然見つけ、Mくんもこちらに気づき小走りでやって来た。それまで最小限の業務的な会話しかしていなかったが、彼はカバンから青いタオルを取り出し「今から行くんだ!」と笑顔を輝かせていた。どこに?と聞くと地下アイドルのライブだという。

 Mくんは所謂オタクであったが、オタクが故の追求精神により豊富な商品知識からくる圧倒的プレゼン力。ヒョロヒョロな体格から繰り出される他社との比較で自社の強みを徹底訴求。最終的には無邪気な笑顔と愛想を振りまいて、メロメロにされた客から大型契約を乱獲していた。
Mくんの同僚の中にはその活躍を良く思わない奴らも存在した。とある飲み会の席で、体育会系のノリで接待飲みとゴルフを主力にするタイプからめちゃめちゃ小馬鹿にされていた。「お前は水木しげる漫画に出てくるモブメガネ」という嫌味に対して、最後のイカの刺身を一切れつまみ「とある国担当のラストエンペラーだ」と切り返すMくん。私は爆笑してしまい、うるさいと隣の客に怒られた。

 1年余りが過ぎた頃、出張先から帰国早々のMくんにご飯に誘われた。開口一番、彼は「マズイことになっちゃったよ…」と青ざめた顔で語り出した。

Mくん『実は、現地の通訳の人と仲良くなってよく飲みに行ってたんだ。最初の頃は地元の料理屋だったんだけど、そのうち都市部の高そうな店になっていってさ。ある時いきなりVIP席に通されて、そこにいた綺麗な女の人に通訳の人が俺の手を取って「見ろよこれ!ロレックスだぞ!Mさんは日本の大きな企業の重役だ!」とかフカしてさ、調子に乗ってたんだ。その時計は通訳の人と行った怪しい市場で5千円で買ったコピー品なんだけど。わけもわからず飲みまくって気がついたら知らないホテルで、隣に綺麗な女性がいたんだよ』

Mくんの見た目からは予想だにしなかったカミングアウトに驚いた。

『そんなこんなを続けてたら、ちょっと前に知らない番号から電話が掛かってきて、出てみたらカタコトの日本語でめちゃくちゃ脅されちゃってさ。これ美人局ってやつだよねぇ…』

何回か続けてんのかよ…というツッコミはさておき。国際型の美人局に遭うヒョロヒョロ眼鏡と下品にギラつく偽ロレックスが面白くて堪らなかったが、彼の目は今にも泣きそうだった。

『通訳の人に相談したら相手にしちゃダメですよって言うんだけど、見てよこのメール』

そこにはカタコトの日本語で「1000万よこせ。さもなくば全てをお前の会社に暴露するぞ。容赦無く暴力に訴えかけるし、なんだったら国際問題にしてコッチのムショにぶち込むぞ。次会う時を楽しみにしてるからな」みたいな内容だった。

正直な話、それを見て私もめちゃくちゃビビった。大学時代、バックパッカーとして世界中を渡り歩いていた先輩がマレーシアだかフィリピンだかに行ったところ、現地の○僑マフィアとやらに「腕をぶった斬られるか身包み奪われるか、どっちか選べ」と言われ、どちらにせよ全て奪われる予感しかしなかったのでパンイチで全てを差し出したというエピソードを思い出した。
彼もパンイチになってしまうのだろうか。アドバイスのしようもなかった。

『どうしよう、来月からまた行くことになるし、奴ら向こうの工場とか知ってるみたいだし、もう終わりだよ…』

彼はテーブルに突っ伏したまま、絶望するしかなかった。皿の上のエビチリは完全に冷めて固まりはじめていた。

そんな暗雲立ち込めるところに一筋の光が差す。
Mくんから報告があった数日後。私が知人のPさんと1年ぶりに食事に行った際に、Mくんのことを話のネタとして披露していた。Mくんから貰った脅迫メールと綺麗な女性の写メを見せると、「あれ?この人どっかで見たなぁ…」と首を傾げた。「もしかして太腿に刺青入ってない?こういう柄の」と手元のコースターにトライバルのような模様を描き始める。
そんなまさか、と思いながらもその絵をMくんに送ると即電話がきて「入ってました!!!」と叫んだ。Pさんは手を叩いて大笑いし始めた。
入ってたんかい。

 なんとその女性はネット上で密かに活躍するセクシー女優だったようで、Pさんはそこらへんに異常に詳しい人物だった。Mくんが脅迫男から聞いている彼女の情報は全くの嘘の可能性が高く、そこを突けば相手もおとなしくなるだろうとのことだった。早速Mくんは通訳の人にそのことを報告。数日すると「解決しました」と通訳の人から連絡が来たという。どういう訳か真相は謎だが、全てが解決したMくんはその安堵から今までのことを上司へ報告。極秘会議の結果、Mくんは彼の国から担当を降ろされ、色々あって自主退社。突然プロゲーマーになると言い出し、鉄拳を極める道を目指すも「パキスタン勢が強すぎて諦めた」と挫折したことを去年聞いた。海外勢に弱いMくんであった。


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