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イントゥ・ザ・ワイルド 〜Oくんの場合〜

 中学時代の先輩にOくんという変わり者がいた。Oくんは学年に一人はいたであろう、性の知識だけは豊富な男だった。私とは同じ部活で1つ違いの先輩後輩の関係、彼はずっとベンチの控え選手だった。今で言う"イケてない"中学生ではあったが、先輩たちの中では頭一つ抜きん出たオモシロの逸材だったのは間違いない。

 部活の練習試合の帰り道、隣町の相手校から駅まで歩いていると、道端でエロ本を発見した。ネット環境が満足に普及していなかったあの当時、エロ本はまだまだお宝としての価値は十分にあった。しかしそこは中学生、がっつくそぶりはダサいと見做されるのを警戒しながら周りの動向を伺っていた。誰かが持ち出したそのへんの枝でページを捲るが、山の中だったので雨か夜露に濡れてくっついたまま。そこに割って入ったのがOくんであった。彼はエロ本を両手で拾い上げ、俺が貰うの一言で泥汚れを落とすこともなくガサッと乱暴にカバンへと入れた。その男らしい姿に後輩一同は衝撃と共に歓喜に湧いた。そこから一気に我々はOくんに引き込まれていく。

 部活の練習の合間や掃除の時間になるとOくんの元へと後輩数人が集まり、エロ本から得た知識や内容の解説で盛り上がった。単にエロを語るのではなく、こんな変な記事があったという笑いに昇華したエロ本トークに夢中になった。しかし、気になったのは情報源となるエロ本の調達方法である。当時中3の彼に一度だけ極秘のコレクションを見せてもらったことがあるが段ボール5箱分にも及ぶ蔵書に、こいつは本物だと畏敬の念を抱いていた。我々は店頭で買う勇気は無かったので、単純に質問としてどこで手に入れているのかを聞いてみた。すると、あっさり「半分以上は拾った」との答え。だとしても量が多すぎる。100冊を優に超えるものを拾ったってアンタ、どこでそんなに拾えるのよという疑問に「オマエらには特別に教えてやるヨ…」と悪魔の囁き。心臓が高鳴ったのは言うまでもない。

 突然の田舎あるあるだが、高速道路の高架下にはなぜかエロ本が落ちている。高速を走っている車から投げ捨てるわけないよなぁ、と当時は不思議に思っていた。しかし今になってみるとサラリーマンなどが高架下の人通りの少ないところに車を停めて仕事をサボっているのをよく見かける。つまりそういうことである。そのリーマン(その他周辺の地元民が不法投棄している可能性も大)が不要になってポイっとやっているという推理だ。どうでもいいが。
Oくんはその高架下の他、いくつものポイントを狙って拾っているという。そのうち一つを教えてもらい、何度か通ってみると本当に落ちていたことがあった。彼は週末になるとハンターのようにいくつかのポイントを回って獲物を捕っていたのである。

 「半分以上は拾った」ということは、残りの半分はどうしていたのか。我々は興奮を抑えながら聞いてみた。普通に買っている、とのこと。信じられなかった。1冊や2冊、いや10冊程度ならあり得るだろう。しかしOくんが買ったと思われるものは数十冊。今でこそ近くの書店は軒並み潰れてしまったが、当時(20年前)はまだ数軒ほど存在していた。だとしても未成年が簡単に買えるわけではない。1軒だけ、狭くてボロい古本屋では買えるという情報はあったが、置いてある商品が古文書レベルの古いものばかりで、中学生の琴線には触れないという問題があった。

Oくん『違う違う、ファミマだよファミマ。あそこ(隣町)のファミマで買ってんだよ』

地元ではコンビニ自体が少なく、その中でもファミリーマートは特に珍しかった。隣町に1軒だけあったが、夜になると暴走族や不良の溜まり場になっており、夜は絶対に行くなと言われていた禁足地のような場所。そこでエロ本を買うという漢気は計り知れない。

『狙い目は日曜の深夜3時。もはや月曜だな。族は金土で集まるから日曜はいないからさ。しかも店員は若い男、完璧だ』

族に襲われるリスクを躱してどうやって、そんな好条件が合わさった場所を見つけたのか。ま、まさか…

『全部回ったんだよ。行ける範囲のコンビニ全部に、深夜』

この行動力と探究心。燃え盛る情熱。あと性欲。

『もちろん駐車場に集まっている族を遠くから見つめているだけの日もあった。でもな、そんな失敗の繰り返しで見つけたんだよ、あのファミマをな』

『ただな、コンビニのエロ本は店舗にもよるが品揃えはいつも同じだ。新しい号が出て買いに行くのもいいが、あそこのラインナップは正直微妙だ』

『だから新しいとこを見つけたんだよ。誰にも言うなよ?まあ、言ったところで実際に買うやつはいないと思うけどな………』

ここまでカッコいい感じで語ってますが、本人は坊ちゃん刈りとスポーツ刈りの間みたいなヘアスタイルのイケてない地味な中学生である。そんな少年が族の集まるコンビニで普通にエロ本を買うという時点で凄いが、さらなる高みを既に知っているという新展開に固唾を吞む後輩一同。まるで新大陸を発見した冒険者のようにOくんは淡々と語り始めた。県道〇〇号を西に進み、〇〇公園前の信号を右折、そのまま直進すると精米機が並ぶ空き地が出てくるところ左折。そこにトタン張りの小屋がある。そこが───

『エロ本自販機小屋。5台あるんだよ。ジャンルも揃ってるしすげーぞ。しかも500円からある』

 突然の田舎あるあるだが、県道なんかのそこそこ車通りのある道端に突如トタン張りのエロ本小屋が存在した。狭い室内はエロ本専用の自販機が並んでいるだけの異様な光景。令和の現在では目にする機会はほとんど無いため、絶滅危惧種としてレッドリスト入りしているとか。しかし当時は確かに存在していた。親の車で遠出をする際にチラっと見たことある程度ではあったが、自転車で行く気になる距離ではなかった。
しかしOくんは違った。昼間に堂々とは入れないので(そもそも18禁)夜間に行くことになる。皆が寝静まった頃にコソコソと家を抜け出し、エロ本小屋へ。

『片道2時間。夜中の1時に家を出て、5時過ぎに帰ってくることになるな。1時間くらい寝て、それから朝練に行って───』

彼はほぼ徹夜をして部活の朝練に来ていた。しないでもいい努力は全てエロ本を買うため。私を含めた後輩一同は、Oくんのことをリスペクトを込めてより好きになった。

エロ本を買う資金集めや不良に絡まれた帰り道、エロ本小屋で変態おじさんとの遭遇などのエピソードはまたの機会にしたいと思う。


 

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