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インターバル・ベアー

 高校時代の友人Dくんと久々に会った時のこと。当時の放課後によく行っていたデニーズにて、お互いの近況報告をしていた。

30歳も過ぎていい歳になった為、仕事の話もわりかしヘビーな内容になっていくのは自然なこと。彼曰く、新人教育で悩んでいるとか。3交替勤務の職場で若手主任に抜擢されたDくんのもとに付いた新人"Kくん"は、その話題の中心だった。

 Dくんの勤める会社は某企業の大きな工場であり、作業員のそのほとんどが地元の高卒者で占めていた。大企業ゆえ就けば安泰。仕事はキツいらしいが給料や福利厚生も文句なし。話の流れでボーナスの金額を聞いたら目ん玉飛び出そうになった。
その会社に件のKくんは中途採用でやってきた20代半ばの若手。それ自体は珍しくもなんともないことだが、彼は東北地方出身者であった。会社の成り立ちから、西日本出身の人が来ることはあったが、そんな中Kくんは珍しい東北出身。しかもトンデモない山奥から来たKくんは人付き合いで悩んでいたのである。ピュアで人見知りなKくんは先輩作業員たちと距離を縮められずにいた。

その工場自体、田舎の海沿いにあるため田舎モン同士うまくやれるんじゃ?という疑問も浮かぶが、地元出身者とそれ以外の派閥がいくつか存在し、さらに年功序列のよくない上下関係もプラスされているようだった。人間関係は決して良好とは言えない職場だが、そもそもコミュニケーションを密に取ることも少なく、特に問題にはなっていなかった。しかし当人のKくんからすれば、慣れない土地に新たな職場。それらがストレスの根源となり段々と元気を失くしてしまっていたという。そんなKくんを気にかける我が友Dくん。根の優しい彼は意識してKくんへ話しかけるようになっていった。職場内では珍しい東北出身ということもあって、話題は自然とKくんの地元の話になる。若干のズーズー弁で繰り広げられる東北の山奥に連綿と続く土着信仰トークにDくんは大興奮。もっとくれ!とKくんにおもしろ東北エピソードを催促すると次のような事を語り出した…

 Kくん『僕が中学生の頃です。生まれ育った山奥の集落では林業が生業になっていて、集落全体で木の伐採から木材への加工までを担っていました。その中で、僕の親父は伐採する木の選定をしていました。山の中へ入り、切り倒してもいいくらいに成長した木々を選んで印を付ける仕事です。木を切る仕事、それを運ぶ仕事、枝を払い皮を剥ぎ木材に加工する仕事、商品として販売する仕事、それぞれを集落の人々で分担してるんです』

『夏休み明けの秋頃だったと思います。早朝の山中はすでに肌寒く、学校へ行く時に着ていたジャンパーを羽織り、親父の仕事の付き添いをしました。山へ入る時は必ず二人以上ではないとダメなんです。携帯の電波が届かないところなんで、何かあった時のためにですね。集落全体で管理していた土地はかなり広く、その日は車で山を二つか三つ越えた先にあるヒバの木を確認しに行きました』

『目的の山の中腹まで車で登り、そこからは徒歩になります。普段は人が全く入らない為、藪を掻き分けながら進んで行くと、親父がヒバの木にピンクのビニール紐を結んでいきます。これが伐採の目印になるんです。僕はビニール紐が結ばれた木の数をカウントする役割があったので、一本ずつメモ帳に記入していきました。黙々と作業を進めていると突然親父が、おいアレ、と口にしました』

『親父の方を向くと、前方の緩やかな斜面を指差しています。そちらに目を向けると、木々の間に真っ黒い物体がモゾモゾと蠢いていました。目を凝らしてみると耳が見えました。熊だったんです。熊だと理解した瞬間に、一瞬にして体が硬直しました。こちらに向かってくる親父がスローモーションで見えましたね。これから冬を迎える冬眠前の熊は餌を探し回っていて危険だ、というイメージが頭の中を駆け巡っていくのを感じました』

『コンマ何秒かだったと思いますが、その時間は延々と続くように長く感じました。熊とは距離がある、どうにかして大きな音を立てるとか、とにかく安全に逃げる事を考えようとしました。すると熊がこちらに気づいたんです。大きな体を支えるため、つっかえ棒のように木に腕をもたれて、直立でこちらに目を向けていたんです。それまで頭の中をぐるぐるしていた逃げる方法が消え去って、頭が真っ白になりました。…でも熊は信じられない行動に出たんです!』

『こちらに気づいた熊は次の瞬間、びっくりした様子で直立のまま走って逃げていったんです!しかも両腕をこうやって、人間が走るみたいに前後に振ってですよ!

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(走る熊のイメージ図)

 あれは怖かったですね…としみじみ語るKくんと爆笑するDくん。Kくんはその後、ランニング熊の話で一気に職場で溶け込めてDくんはホッとしたとのこと。

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