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次元移動のTさん

 就職が決まらないままFラン大学を卒業し、フラフラしていた時に始めたのがドカタの仕事だった。雑工出し/人工出しと呼ばれるタイプの会社で、ガテン系の中でも最下層に位置し、紛うことなき3K(キツい/汚い/危険)の"何でも屋"であった。

 具体的になにをやっていたかというと、主なとこは下記の5つ
・事務所移転(会社の引越し)
・新店舗立ち上げ(お店の棚とかレジカウンターとかを組み立てる)
・搬入(必要な物資を運び入れる)
・搬出(不必要な物資を運び出す)
・解体(建物をブッ壊す)
・内装系(軽天、クロス、配線処理など)
その他にもアスベストだらけの建物での作業(なにも聞いてなかったので会社に確認をとると帰っていいよとのこと)とか、100%オバケが出ちゃう工場の夜勤とか、現場の職人全員が朝から晩までずーっとブチギレてるパチンコ屋での作業とか、思い返すとちょっとおかしなことばかり。
ドカタの仕事は「段取り8割、作業2割」と言われることがあるが、ここでの仕事は段取り1割、パワー9割だった。ゴリラみたいな人がゴリラみたいな人たちに指示を出して、ゴリラの集団が荷物を運んだり建物を壊したりしていた。自分はそこに紛れ込んだチンパンジー風情。惜しくも辞めるまでにゴリラにはなれなかった。

関東近郊の現場に行っては昼夜を問わず仕事をこなしていくうちに、自然と多くの人たちと関わっていった。その中でも強烈に印象に残っているのがタイトルの人物

次元移動のTさん

その人である。Tさんの語るエピソードは凄かった。その内容をつらつらとネットの海に濃縮還元していく。

 Tさんは協力会社のベテラン社員さんで、お洒落なパーマにスマートな作業着の着こなし、サブカルや下世話なトークが面白く40歳を超えてもなお若い女の子からモテまくっていた。そんなオモシロおじさんであるTさんに懐いては一服休憩のタイミングで常に隣をキープ。たまたま吸っていたタバコの銘柄が一緒だったため、よくあげたり貰ったりしていた。

とある日、集合場所の大森駅で待っていると4トン車に乗ったTさんが一人颯爽と現れた。

私「オザス!Tさん一人って珍しいっすね」

Tさん『今日はロッカーの搬入だけだからヨユー!』

搬入先の担当者に挨拶をして、雑居ビルにヨユーのトラック横付け。素早く養生をしてチャチャっと作業開始。2時間ほどで作業を終えると、目と鼻の先にあったイトーヨーカドーでお弁当を買い、近くの公園のベンチに二人並んでお昼休憩。あっという間にお弁当を食べ終えたTさんは、タバコに火を付けながらおもむろに語り出した。

『そういや昔さ、ここからちょっと先にある現場やった時にさ』

「はい」

『今日と同じように後輩と二人だけでビルに搬入で。そん時は俺がトラックから荷物下ろしてさ、後輩が室内に運び入れてたのよ。ある程度下ろした時に、ふと気がついたら後輩の姿が全然見えねーの。アレー?って。様子見にビルに入ってさ、たしか5階だか6階に搬入するはずだったからエレベーターに乗って』

『そしたらさ、いねーの。一応他の階も見てみたんだけど、どのフロアも真っ暗なんだよ。日曜だったからビルに入ってる会社はどこも休みなわけ。まあ当たり前だよな。おっかしーなーって後輩のケータイに電話してみたら繋がんなくて。コールもしないから、よく見てみたら圏外なんだよ。外に出てるのに』

「おかしいっすね」

『作業も止まっちゃってるし後輩もいないしケータイも繋がんないしでイライラしてさ、搬入先の担当者を探してビルの周りをウロウロしてたのよ。そしたらちょっと離れたマンションから声が聞こえてきて。知らないおっさんがこっちに向かって大声出してんの。なんて言ってるか聞き取れなくて、でも俺に言ってんのか確証もないし、いやーどーすっかなーって思ってたの』

「謎っすね」

『ずーっと大声出してんだよ、通路の柵に身を乗り出してさ。周りを見回してみたら出歩いてる人もいないし、これは俺に向かって言ってんなーって思ったからちょっと近づいてみたの。俺?って自分を指差しながら。そしたらそのおっさんがこっち来いみたいに手招きしてんの。手をブンブン振りながらウアーイ!とかオドゥーウ!みたいに意味不明なんだけど叫んでんの』

「オドゥーウ…?」

『もしかしておっさんは病気かなんかでうまく喋れないんじゃないか?緊急事態でも起きてるんじゃないか?と思ってさ、走って行ってマンションの階段を駆け上がったのよ。どうしたーだいじょぶかー!つって。んでおっさんがいた階に着いたんだけどいないの、おっさん。どこだー?おじさーん?とか言っても返答もない。こっちは息切らしながら階段上がってきてなんだよこれってさ』

『で、そこで初めて気づいたんだよ。…まったく人がいないの。たぶんそのマンションの3階くらいにいたんだけど、道路を見下ろしてみたらだーれもいないの。というかね、車も走ってないし、なんの音もしてないのよ』

「どういうことですか?」

『え?ってなるだろ?いや俺もなったよ。え?って。あれ?って。ボーゼンとしてたらさ、ガラガラつってさっきのおっさんがドアの横についてるちっちゃい窓開けて顔を覗かせてさ、オイ!オイ!って声かけてくんの』

「なんか怖いっすね…」

『ギョッとしたんだけどとりあえず、どうしたの?だいじょぶ?って聞くじゃん。そしたらおっさんがギョルギョバゲドンダ!みたいな聞いたこともない言葉で喋んの。子供の頃見たウルトラマンの敵の鳴き声?みたいで不気味でさ、ゾワゾワーって背筋。外国人かとも思ったんだけど、パッと見じゃわかんねーじゃん。それでもまだどっか悪いんじゃないかって心配はするんだけど、おっさんの目が血走ってて襲いかかってきそうなんだよ。今思えばゾンビか狂犬だな。もう一回マンションの下を見てもやっぱり誰もいないし、都内だぜ?おっさんは意味不明なことずっと言ってるし、俺怖くなってさ、もう行くね!って言って逃げたんだよ』

『マンションの方を振り返りながら車まで走って、ケータイ見直して圏外。大通りに出てみようとさっき弁当買いに行ったイトーヨーカドーの目の前の通りあるだろ?あそこまで走ったんだよ。そしたらよ、車走ってねーの。というか車がねーんだよ、一台も。建物もなんか無機質っていうか看板とかもほとんどないし。あ、もちろん人は一人もいなくて。で、看板っぽいものを見たらさ、日本語じゃないんだよ』

「いやちょっと待ってくださいよ。日本語じゃないって、どういうことですか?」

『わっかんねー。漢字でもないし韓国の文字でもないし、アルファベットっぽくもないし。あとでちょっと調べたけど、昔の象形文字?みたいなやつに似てたなーってくらいで。よく覚えてないけど。んで、もうパニックで膝から崩れ落ちるって言葉通りにへたーってなっちゃって。なんだよこれ…って』

『人間ほんとにパニクったら視界が歪むんだよ、グニャ〜って。地面にベターってへたり込んでたら不安になってきてさ、狂いそうになって大声上げながらそこら中走り回ったんだよ。どれくらい経ったかわかんないけど疲れちゃってさ、一回冷静に考えてみたんだよ。で、唯一いたあのおっさんに会いに行こうって思ったのよ。悪い夢なら覚めてくれって思いながら何度も体を叩いたりつねったりして、この公園の横歩いてさ。あそこの水道は出なかったよ。意を決しておっさんがいたマンションに向かったんだよ』

『おっさんの部屋に着いて、なぜかインターフォンが付いてないからドア叩いてさ、すいませーんって。そしたらまたドアの横のちっちゃい窓がガラッと開いて、おっさんが顔出して叫び出すの、わけわかんない言葉で。でも俺も必死になって、なんで誰もいないんだ!日本語喋れよ!とかなんとか叫んでたらさ、おっさんが急に部屋に戻って、窓から手を出して俺になんか寄越すんだよ』

『フリスクくらいの大きさのプラスチックケースでさ、中身はわかんないんだけど見た目よりずっと重くて。それを手渡されて、ドアの方を指差してんだよ。開けろ、ってことなのかと思っておっさんの部屋のドアを開けたんだよ。そしたらさ、エレベーターなんだよ。部屋じゃなくてエレベーターの中。なんだこれって思ったら正面の扉がウイーンって開いて、出てみたんだよ』

『見覚えのある薄暗いビルのエントランスで、窓の外にあるトラックの助手席で後輩がタバコ吸ってんだよ。おいマジかよ!って走って寄ってってさ、お前どこいたんだよ!って詰め寄ったら、先輩こそどこいたんスか?もう終わっちゃいましたよ、って軽くキレながら言ってんの。もう訳わかんなくてさ、力抜けちゃったよ。で、後輩に今までのこと説明したら全然信じないんだよ、腹立ったけど無理ないよな。あとで会社の人たちにはサボってたんだろとか言われるしよ。だからずっと悪い夢でも見たんだなって自分に言い聞かせてたんだよ。…でもな、Nちゃんは違ったんだよ』

「Nちゃんって、早稲田卒の監督のNさんっすか?」

『そうそう!Nちゃんにこの話したらすげー食いついてきてさ、なんか宇宙論とか時間の流れの理論とかなんとか言ってたけど、Tさんは次元を移動したんですよ!だってさ』


劇終!

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