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『カンフーは忘れない』

 『マトリックス レザレクションズ』が公開された。マトリックスシリーズの最新作である。すっかり完結したと思っていたから続編に驚いた。去年から触手が伸びっぱなしのままで、まだ観れていない。特にやることもなかったので1~3(注:マトリックス、リローデッド、レボリューションズ)のストーリーをおさらいするために新年早々Netflixで鑑賞してみた。シリーズでいうと最初の作品であるマトリックスが個人的に一番好きである。2、3はアクションシーンがかったるく感じてしまうところや、登場人物の複雑さなんかも相まって正直なところ微妙。3で敵が人間の住処である地下に攻めてきて、それを重火器で応戦するところなんかは今でも迫力あるなーとは思ったけど。観終わった後は考察サイトを見回りして内容を補完しておいた。
そんなマトリックスだが、簡単にいうと"仮想現実"のお話というのは、内容をよく知らない人でもなんとなく聞いたことはあると思う。

 ドカタをやっていた頃の話。とある現場をまとめていた若手監督のNさんという人がいた。私を含めた同僚たちがNさんと仲良くなった経緯はまた後にして、何かにつけてNさんは優しかった。その現場が終わった後も繋がりは続き、飲み会なんかも何度か誘ったり誘われたりしていた。
優しき兄貴肌のNさんは早稲田大学卒で、ドカタゴリラひしめく建設現場の中では高学歴かつどこか上品で珍しい人物であった。現場監督はめちゃくちゃキツい仕事だが、彼はたまの休みになるとボランティアに参加するホンモノの聖人君子っぷりに私は心の底からリスペクト。彼とのエピソードはいくつかある。

 ある日の現場の休憩中、バッグからタオルを取り出していると、「怖い本読んでんじゃん」と悪戯っぽい笑顔でNさんが声をかけてきた。私のカバンからチラリと覗く『悪の教典』(貴志祐介:著)を見てのことだ。貴志祐介好きなんですよ、と返すと、Nさんは映画版『黒い家』の西村雅彦の真似(指を切断して保険金を催促するシーン)をし始めた。私も負けじと映画版『青の炎』の二宮クンの真似(バットで殴りかかるシーン)で応じる。二人でキャッキャしながら盛り上がった。

どういう経緯だったか定かではないが、その日の夜に何人かで食事に行った。同僚たちとよく通っていた新宿のステーキ屋だったが、食事が終わり店を出るや飲み直そうとNさんに誘われ、何故か二人だけで小さな中華料理屋に入った。私は酒に弱いので胡麻団子を齧りつつウーロン茶を啜っていると、

ここだけの話な、この世の裏技がわかりそうなんだよ…

Nさんは唐突に話し始めた。

『もしもこの世界が"仮想現実"だとするとね。でも誰もこの世界が仮想現実だと気付いてない。だから現実はこの世界だけだと思ってる。通ってきた"過去"と、これからやって来るであろう"未来"、その間の"現在"を生きてるでしょ?』

『でもこの世が"仮想現実"だとすると、神様みたいな存在が作った世界ということになる。何故なら誰かの"仮想"だからね、創造主がいるはずなんだよ。そうすると例えば、山に木が生えて酸素を作る、海にはたくさんの生物が生まれる、太陽の光は心地よくて雨が降れば大地が潤うみたいなね、それぞれにちゃんと役割が割り振られるんだよ。役割=プログラムな訳だ。お前はこういう役割だよ、こういう場合はこうしなさいよってな具合に、あらゆる状況に対応できるよう緻密に計算されて作られたプログラム』

『全てがプログラムだとすると運命というか未来は決まってくる。役割以外のことはしないし、できないはずだよね。こう動いたらこうなるって結果が分かりきってるから。そういうのは宿命論って言うんだけど。もちろん過去も決まっていたことだから、何かが生まれて消滅するまで、もしくは消滅した後もすでに決定してる。だけど不確定性原理(注:現代物理学において位置と運動量は同時に決まらないこと。らしいですよ)からすれば、そういう宿命論はあり得ないってことになる。でもね、その不確定性原理さえもプログラムだとすると?

『全てのことには原因と結果があるんだよ。なんでこんなにツイてないんだって思うことにもちゃんと原因がある。ツイてないことは運命でもなんでもないんだよね。悪いことが続いたりすると神様なんか存在しねーな、って思うでしょ?神様が本当にいるならこんなヒドい試練なんか与えないって。でもさ、そもそも神様が本当に存在していたら、悪い人や病気や事故なんかを作る意味あるのかな。こう考えると人間って勝手だなって思うよ。神様が絶対に良いやつだって思い込んでるもんね』

『俺はそうじゃないと思ったんだよ。神様、いや創造主がいたとするならば、そいつは善悪なんてものは考えてない。善悪は人間の感情が作ったものだからね。正義も悪も、良いことも悪いことも人間が脳みその中で勝手に作り上げたことなんだよ。原因があるはずなのに、それを見ようとせずに有りもしない妄想ばかりが湧いてくるんだ』 

『話を戻すと、この世はそういう創造主が作ったプログラムの世界、人智の及ばない仮想現実なんじゃないかって。さらに言うと、そのプログラムには"バグ"があるんじゃないかと思ってるんだよ。ゲームに例えるとバグを使った裏技ってあるじゃない?いきなりレベルをMAXにするとか、所持金をMAXにしたりとか。ああいうのができるんじゃないかって』

『それはたぶん、密教の人がやってる厳しい修行とか、アマゾンの奥地にいるシャーマンが薬物使ってトリップ状態になるやつとか、そういうもんだと思うんだよね。そのプログラムのバグを突いた裏技で、過去も未来をも変えられたり、悟りを開いてこの世の真理みたいなものを垣間見れるんじゃないかってね』

『パラレルワールドなんかもそう。あれはプログラムが少し変更される度に、その都度新しい保存ファイルを作った際に現れた世界って考えると面白いよね。膨大な数のコピーされた世界のファイルが存在するんだよ。この世は世界.ver1.6.121987832074………かもしれないってこと』

私「この世がプログラムだとして、その裏技がわかりそうってことは、何か掴んだんですか?」

『まずは気づかないとダメだよ。この世はプログラムだということを忘れちゃダメなんだ。在るようで無いし、無いようで在るってことを』

「仏教みたいですね」

仏教の真理も、もしかしたらプログラムを解読することなのかもね』

「でもなんで、そんな重要そうなことを話してくれたんですか」

『キミは解ってくれると思ったし、真理とか知りたくない?』

真理を知りたいかと言われれば、うーん知りたいっちゃ知りたいなーくらいの温度感だったが、そんなことよりも小さな中華屋で嬉々として語るNさんの気迫に、この人マジやばいかも…と軽く恐れていた。

あれから約10年が経ち、あらためてマトリックスシリーズを鑑賞してみてNさんが言っていたことはこれだったのかと思った次第。突然、赤と青の錠剤を出してきて、目覚めろ!みたいなことを言われるパラレルワールドが存在したのかも。NさんがただのSF好きだった可能性もあるが、今なら裏技のその先を聞いてみたい。気がする。

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