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それは南国の木のように

 意外な場所やタイミングで、不思議な出逢いというものは珍しいことではない。そもそも、出逢いというものは突然やってくるので。私の場合は地元であるド田舎の、田んぼに囲まれるローソンで、あの人物と出逢った衝撃が忘れられない。

 大学時代の夏、地元へ帰省した私は幼馴染たち数人と近所のローソンでダベっていた。周りは360度田んぼに囲まれているため、カエルと蝉と、よくわからない鳥か獣の鳴き声がサラウンドで聴こえてくる。
ウイニングイレブン(プレステ2のサッカーゲーム)とKOF2002(プレステ2の格闘ゲーム)に完全に飽きた我々一同は、コンビニでダベる以外の暇つぶしが思いつかず、毎晩のように駐車場の隅っこでしょうもない話をしていた。

地元の仲良し幼馴染グループの中で大学に行ったのは私を含め3人で、そのうちの1人Sくんはネットゲームに夢中になり過ぎて単位を落としまくり、一人暮らしの部屋に引きこもって廃人のような生活を送っていた。さすがのSくんも夏休みくらいは地元に帰って来ているだろうと、友人の一人が連絡をしてみた。どうやら実家に帰って来ている様子のSくんは歯切れの悪い返事をしていたが、しつこく誘うと嫌々ながらも来てくれることになった。コンビニからほど近いところに住んでいるSくんを我々は静かに待つ。

 Sくんはゲームが誰よりも上手く、格ゲーにしてもパズルゲーにしてもとにかく強かった。当時、隣町にあるボーリング場内のアーケードゲームが並ぶ一角は、近隣の猛者たちが集まり異様な雰囲気を醸し出していた。一般的なゲーセンからあぶれたアウトローの常連たちが台を囲み一見客を威嚇するようなところだったが、Sくんはあまりの強さに台についても誰も相手をしてくれないという伝説を持っていた。さらに、全国の腕自慢が集まる都内某有名ゲームセンターのトーナメントでサクッと優勝を攫い「もう飽きたから辞める」と一言、その後彼をトーナメントシーンで見ることはなくなった。
そんなSくんは高身長で目鼻立ちのはっきりしたイケメン、サラサラの長髪(色は赤)の前髪半分をソバージュにする全盛期のX JAPANのPATAのような見た目であった。髪型だけPATA似のSくんはもちろんギターも弾けて、ヴィジュアル系の中でもかなりコアなバンドのコピーをしていた。

 夜中の田舎道を、甲高い排気音を響かせながらパールホワイトのボディにメタリックパープルの金属パーツを施したジョグZR(原付バイク)が、我々がたむろする駐車場へと向かってくる。街灯の少ない道をもったいぶるようにビビン ビビビンと2ケツでゆっくりやって来るが、奇抜な髪型と高校時代にチューンナップした愛車でSくんだとわかった。しかし後ろに乗る人物は身長180センチ超えのSくんより明らかにデカイ。ははん、弟だなと思った。Sくんの弟は、かなり恵まれた体格によりバレーボールの特待生となって県内の強豪校へ進学するほどだった。原付に乗らせて家へと返すために弟を連れて来たのだろうか、我々はSくんとの久々の再会に手を振って迎えた。

ところが駐車場に入って来たのはSくんと、後ろに乗るガタイMAX金髪外国人女性だった。我々は目を疑った。こんなド田舎の、田んぼに囲まれたローソンに外国人が来ることすらほとんど無い。小さく見える原付から降りた女性は、ドクターマーチンの8ホールブーツカーゴパンツタンクトップ一枚の女軍人のような出で立ちであった。

「ハァイ♪」などと片手を小さく掲げて挨拶よろしく、こちらに笑顔を振りまいてくるが、あまりの異常事態に我々は硬直したままだった。Sくん、これは一体………?怯える一同に彼は「実は彼女で…」というサプライズ発言。
私はスウェーデンの女軍人と付き合っているというバナナマンのネタを思い出していた。ほぼ同じ状況じゃないか………!

詳しく事情聴取してみると、彼女はドイツ出身のCちゃん。Sくんと同じ大学に留学中で、Sくんお得意のバカテクギターを掻き鳴らしていた部室の前をたまたま通りかかったところ一目惚れ。ゲーム、アニメ、ヴィジュアル系バンドなど、そういうわかりやすいクール・ジャパンに陶酔していたCちゃん。Sくんのことをわりとマジで王子様だと思い込んでいたのはお国柄なのだろうか。

彼女は日本語がペラペラだったのでコミュニケーションは問題なかった。我々とも打ち解けて来た頃、Sくんの単位足らない問題が話題に上った。留年を1度経験した彼に2度目は残されておらず、現状かなり危険な状態だという。ほらCちゃん、キミからも言ってやってくれよと促すと、彼女は困った顔をしながら大きな身体を揺らしてモジモジし始めた。

Cちゃん『モゥアトゥリア〜ムインジョーイしたいから、別にいいよ…』

モラトリアムをエンジョイしたい。
英語の発音だけめちゃめちゃ良いという外国人特有のあの面白いやつに転げ回るほど爆笑。笑い転げる頭の弱い田舎者たちを見て、Cちゃんも微笑みながらSくんの胸にしな垂れかかる。二人がくっつくとその髪の色と身長から、南国の木のようだった。そしてそのインジョイのニュアンスから、滲み出るエロスを感じ取った。そういう情緒というか行間を読む行為だけは鋭かった我々は、ニヤつくSくんをイジり倒した。

 その後Sくんは着実に単位を落とし続けた結果、放送大学に編入。実家に戻りアルバイトと学業に勤しみながら、第二次モラトリアムをインジョイ。早々に帰国したCちゃんとは細々連絡を取っていたらしいが3.11の地震を機に「放射能怖い」と関係はあっさり解消。数奇な出逢いはこれにて終了だが、この衝撃を超えることがあればと日々願っている。


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