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爆散寸前GIG

 緊張と緩和。笑いが生まれる理論としてよく言われているやつである。誰しもが経験していることだと思われるが、この理論を意識しながら笑っている人は少ないと思う。皆、無意識に笑いが出てしまっている。

小さな商社で営業マンをしていた頃、取引先のメーカーでの新製品勉強会というのが行われていた。新製品の特徴や性能、使い所などを、メーカーの研究チームが懇切丁寧に説明をしてくれる。その説明を元に、我々商社の人間がエンドユーザーである客に売り込むといった寸法だ。

その日は大手メーカーAの新製品勉強会であった。社内で最も下っ端の私は上司の命を受け一人寂しく参加。都内ビジネス街の一等地にあるクソデカビルの広ーい会議室に並べられた長机と分厚い説明資料。進行役の女性社員が淡々と本日のスケジュールを述べていく。いくつか新製品があったが、我が社が売れそうかもと目をつけていたのは一番最後の発表だった。
時間は流れ、目星のものに移った。簡単に説明すると「トンネル内部の壁面の補強資材と新工法」となる。それまでの剥落防止工法とは異なり、独自の強みがあるといったところだ。(トンネル内部の壁をテキトーに作ると剝がれ落ちたりしてきてめっちゃ危ないからスゲー頑丈なの作ったよ の意)

それは素人目から見ても明らかに良さそうな雰囲気がしていた。むしろ、今までのはなんだったの?といったレベル。まあ、技術革新も日進月歩。メーカーの研究チームも必死にやっているんだろう。とにかく凄いのができたのは伝わった。こういうビジネスの勉強会にヘッドライナーという概念があるのかはわからないが、メーカー側の最後の説明も資料映像を指すレーザーポインターがブレるほど熱が入る!私も手元の資料にメモを取る量、スピードが今までの倍以上!辺りの反応は如何なものかとキョロキョロしてみると、完全に飽きてしまったオジサン営業マンのうつらうつらする姿が散見!

畳み掛けるようにメーカーの人間は、新工法のここが凄い!を連発。その度にスゲーや!と私も呼応。資料映像も佳境に入ったのか、凄惨な崩落事故現場の数々が紹介され始めた。

『───このようにして、例えば地下鉄構内の壁面もですね、崩落する恐れがあります。様々な要因がありますが、前兆としては壁面のヒビ割れ、異音や振動によるガタつき、水漏れなどが挙げられます───』

前のめりで聞いていると、最後の質問タイムが始まった。私は興奮しながら元気よく手を上げた。勉強会ズ'ハイ状態の私はどうかしていたのかもしれない、特に質問もないのに手を上げる。ほかに手を上げる者は居らず、無駄に意識の高いやつは私一人だけなので早速指名される。

私「あー、えっと………馬喰町駅の地下の壁は、蛇口を捻ったように水がジャージャー出てますが、アレは大丈夫なんでしょうか…」

思わず出した質問がこれである。乗り換えでたまに使っていたJR馬喰町駅で見かけた、壁から水が流れまくっている光景をつい口走っていた。周りの他社営業マンたちからは何だソレ?というような無言の圧を感じる。

メーカーの人『あー、アレですね。えー…アレはですねぇ………どうしようもできません!

どうしようもない。そんな答えに私もどうしようもなく、座ったほうがいいのか立ったままいた方がいいのか、手持ち無沙汰で恥ずかしくなる。しかし次に出てきた言葉に私の居心地の悪さは消え去った。

『そもそもですねー、あの水を無理やり止めたらどうなるかわかりますか?圧力に耐えきれなくなった壁が爆散して崩落事故になるんですねー』

ば、ばくさん崩落事故?
その強そうなワードを繰り返し、声を出して笑ってしまう私。それにつられて笑う他社営業マン。

『そうですよ。いいですかー、例えば地下鉄の〇〇線ありますよね?あそこは〇〇〇の下を通ってますからね、ひっじょーに危険なんです。圧力が半端じゃありませんから。私だったらあんな路線には乗りませんねー』

しれっと強烈なことを言い出すメーカーの人。一気にザワつく会場。司会の女性社員が割って入り「今日はここまで!」と強制終了となった。激アツの勉強会からは以上だが、地下鉄の壁面を流れる水を見る機会があったなら、これは仕方のないことだ、ということを思い出してほしい。爆散するので。

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