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ゴースト/伊豆の幻

※このnoteは実話を元に少しだけ脚色したものです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 20代前半の頃、歯を食いしばりながら1日16時間の肉体労働をしていた。借金があったわけでも、欲しいものがあったわけでもない。ただなんとなく"がむしゃらに働いてみたらどうなるんだろう"という人体実験をしていただけだった。結果、腰と手首を壊した。月の休みは2、3日程度で無茶してたと思うが、むしろこれだけで済んでラッキーくらいに思っている。今でもたまに、痛みのスイッチが入るとお茶碗が持てないくらいの手首になることがあるけど。

そんなドカタマンであったが、その頃の弊社では年に2回、全社員が集まるイベントがあった。夏の納会と冬の忘年会である。普段は現地集合/現地解散な仕事なので、全く会わない人も普通にいた為、久々に顔を合わす貴重な機会でもあった。イベントではミュージシャンを夢見ながら日々ドカチンする社員(多数)が即席のバンドを組んで演奏したり、取引先のお偉いさんが絶対当たる闇ビンゴが行われたりと、それはそれは盛り上がっていた。
その宴の最中、会場となる貸切のカラオケ屋の一角でそれは密かに、そしてかなりの熱量を持って行われていた隠れイベントがあった…

キツかった-1 グランプリ

 ただただキツかった現場の話をし、みんなで楽しく語り合うドカタゴリラたちのスベらない話。モンスター級の腕力と鋼のメンタルを持ってしても滔々と弱音を吐く老練のシルバーバック。あれはとても楽しかった………

その中でも強く印象に残っている話で、今回はYさんのネタを書いてみる。
来るもの拒まず精神で営業から流れてきた仕事には文句も言わずロボットのように黙々とこなしていた私にも、できない仕事がいくつかあった。遠方の現場がその一つ。当時、練馬区に住んでいたのだが、栃木に近い埼玉の奥地や、千葉の秘境、神奈川の魔窟なんかには始発に乗っても間に合わない等(交通費かかり過ぎ等)の諸問題から除外されていた。故に行ったことのない現場の話は新鮮味もあり、ドカタゴリラたちのエピソードトークは最高に面白いので普段からよく聞き取りをしてはホワイトカラーの友人にトークの横流しをしていた。

 キツかった-1も終盤に差し掛かった頃、Yさん(元RIP SLYMEのSUに激似)の隣に座るAさん(宇野祥平に激似)がニヤニヤしながら口火をきる。

Aさん「YちゃんYちゃん、ほらあの話。伊豆の話聞かせてヨ!」

Yさん『え〜…みんなもう知ってるでしょ?』

その場にいたほとんどは知っているといったような顔をして、キョトンとしている私と他数人の顔を見ては、コイツら知らねーぞ!とYさんに話を促す。辺りはにわかに騒々しくなる。曰く…
・あそこはNG出してるから一回しか行ってないんだよね
・俺も二回でNG出したわ
・だって100パーだろ、オバケ出るの

 O BA KE?

 オバケである。さっきまで石膏ボード500枚を20階まで階段揚げした話や、800kgの業務用オーブンを数人で持ち上げて運んだ話、某女性タレントの深夜の引っ越し作業の話(絶対に書けないが転げ回るほど面白かった)で盛り上がっていたのに、突如オバケの話。ちなみにNGとは現場の環境や人間関係などにより、「もうあの現場には行きたくない」と自己申告すればわりとすんなり次回から行かなくてもいいよ、という弊社ならではのルールがあった。ちなみに私はNGを一切出さなかったため、仕事には厳しい先輩ドカタゴリラたちから「根性あるウホね」と、ある程度認められていた。NGの理由は様々だが、まさかのオバケによるNG。それまでの喜々とした雰囲気が一転、風向きが変わったなと確信し会話の渦に飲まれようと我々は円卓ににじり寄った………

 Yさん『…ん〜まあ、あの現場を知らないヤツのために説明すると、伊豆の山ん中に●●●●の●●工場があるんだよね。そこって普段は24時間工場を回してるから、1ヶ月に一回だけラインを止めて夜中に点検作業するんだよ。俺らは〇〇駅に集合してレンタカーを借りて向かう。あそこは大企業だろ?守衛さんも24時間体制でいるんだよ。ウチらはもう顔パスで正門から入れるんだけど、搬入のトラックとかは裏手にある搬入口から門を開けてもらって入って来る。で、いつもトラックで資材の搬入があるんだけどな』

『止めたラインの点検をしつつ、交換する機械の分解も並行してやってるから搬入は大体12時を回ってからになるんだよ。トラックのドライバーさんには麓のコンビニで待機してもらって、こっちの準備ができたら連絡するっていう流れ。裏手にある管理室には守衛さんが常駐してなくてさ、まあ理由は言わずもがな。俺がドライバーさんに連絡する→トラック来る→裏手の管理室に行き、スイッチを押して門を開ける→トラックが入ったのを確認してからスイッチを押して門を閉める。っていう流れがあるんだよ。』

『管理室にいくつもある防犯カメラのモニターに搬入口が映ってるんだけど、そこに映ってるんだよね、オバケ。もちろんリアルタイムの映像でさ、搬入口の門の先にあるカーブミラーの下にハッキリと。長〜い髪の毛に白っぽい服を着てて、ただずーっと突っ立ってるんだけどね』

Aさん「俺なんか初めて行った時によ、Yちゃんとか他のメンバーがオバケ出る出るっつーから一緒に見に行ったらホントなんだヨ!もうホントに普通にいるんだよ。しかもよ、しかも!カメラ越しじゃなく肉眼で見たらいないんだぜ!?」

『そうなんだよ、窓越しに見たらいないんだよ。街灯もあるからはっきり見えるはずなのにカーブミラーの下には誰もいないの。目は良い方だから多少距離があっても見えないってことはあり得ないんだよ。カメラの映像と窓を交互に見てもさ いる いない ってなるんだよな。心霊写真みたいにカメラにだけ映るオバケっているんだなって思うよ………まあここまでは知ってるヤツ多いよな?で、俺気になってさ、この前カーブミラーの下まで見に行ったんだよ!

Aさんと他数名「「それそれ!聞きたかったのそこから!」」

『直接行ってガツンと言ってやろうと思って。意外と大声出すといなくなるって言うじゃん?もう何回も見てて慣れてるから、そういうの試してみたくなってさ。俺、とんねるずと宜保愛子がやってた番組好きだったし』

『トラックのドライバーさんも勿論オバケの存在は知ってるから、門を開けてからドライバーさんに、アイツにガツンと言ってきますわ!なんて啖呵切ったらさ、バチ当たるから止めときなよだって。こっちは追っ払ってやろうっつってんのに馬鹿言っちゃ困るよって。そのままカーブミラーに真っ直ぐ向かって行ったんだよ。初めて目の前まで行ったけど、やっぱり実物は見えないんだわ。だから おい!仕事の邪魔だ!どっか行け! って言いながらカーブミラーに蹴り食らわしてやったよ。除霊キックだ、ナハハ!』

『そんなことしてもウンともスンとも別になんもねーから、そのまま工場に戻ったんだよ。で、周りのみんなにガツンと言ってやったからトラック帰す時に見に行こーぜって誘ってさ、見に行ったんだよ。2時間後くらいかな、そしたらよ、アイツいなくなってんだよ!除霊成功だよ!つってみんなで大爆笑よ!』

Aさんと他数名「「マジかよ!すげーよYさん!」」

『チョロイもんだよ!と思ったけどな………仕事終わって地元の駅に着いてよ、チャリ乗って帰ろうとしたら、俺のチャリないんだよ…』

一同「「「………え?」」」

『ヤラれたよ。マジ心霊現象。こえー』


Yさんの自転車はその後、祖師谷の放置自転車保管所にて発見された。


劇終!

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