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ギリシャ喜劇の読書案内

「動物の中で笑うのは人間だけである」
                 アリストテレス『動物部分論』673A

 悲劇に比べ,あまり注目されることのない喜劇ですが,ギリシャの歴史や哲学,文学を検討する上で欠かせないものですし,何より笑えます.本稿では,喜劇から広がる世界,そして喜劇自体をもっとディープに楽しむための本を紹介していきます.

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『ギリシア喜劇全集』〈全2巻〉アリストファネスとメナンドロスの全作品が収録されています.

『ギリシア喜劇』〈上・下〉 人文書院と同じものですが,メナンドロスの作品が削除されていますので,要注意.

『ギリシア喜劇全集』〈全9巻〉 韻文としてのギリシャ喜劇の魅力を,散文改行訳により伝えてくれます.詳細な脚注も助かります.お財布と相談して決めてください.

「原典」 ギリシャ語原典としては,英語対訳で,比較的新しいテクストが収録されたローブ古典叢書が便利です.ダジャレ,同音異義語,異音同音語による笑いは,原典でなくては味わうことは不可能です.この下ネタ,英語では何と訳しているのかな?という楽しみ方も出来ますww マニアの方は是非どうぞ.

『ギリシア喜劇全集 別巻』 それなりの価格ですが,このシリーズの別巻は超重要な論考が収録されています.是非とも手元に置いておきたい本です.「全集」というのは「別巻」が最も楽しかったりします.

ブルケルト『ギリシア文化史 4』 これは喜劇の歴史を考える上で重要な示唆を与えてくれる本.是非,読んでみてください!単行本版では〈第3巻〉に該当します.

・『ギリシア世界からローマへ』 「喜劇変容の一断面」という章では,ギリシャ喜劇からローマ喜劇の通史が学べます.

・『ギリシア・ローマ世界における他者』 「他者のイメージの変容」というローマ喜劇と恋愛詩を通じて,女性と奴隷という市民にとっての他者を検討します.西洋古代を知る上で重要な論考が収録されていますので,上の本と併せて手元に置いておきたい本です.

・ボナール『ギリシア文明史 2』 喜劇を通じて,ギリシャ文明とは何かを考えます.アリストファネスからソクラテスに怒濤の迫力で流れこむ記述は,圧巻!

・逸身 喜一郎『ギリシャ・ラテン文学』 喜劇は韻文ということを忘れてはいけません.ホメロスの叙事詩の系譜に連なるものなのですよね.この本は,喜劇のテクストに向き合う心構えみたいなことを教えてくれます.少し引用しておきましょう.原典の「ダジャレ」を翻訳するにあたり,訳者(もちろん読者も)はどう扱えばよいかという文脈です.

 ある冗談が今日の読者には面白くなくても,なぜそれが当時,面白いとされたか,その理屈がわかることのほうが,どうせたいして面白くもない駄洒落を重ねるより意義深く,かつ面白いと思っている.

・丹下和彦『旅の地中海』 「紡ぎ出された都市ーアテナイ」で,ギリシャ喜劇が取り上げられています.西洋古典文学の通史としても便利な本です.

・『ギリシア悲劇全集 8』 この巻には「ハッピーエンドの悲劇」の1つであるエウリピデス『ヘレネ』が収録されています.手頃な価格の古書が流通してある,この翻訳がオススメです.

・エウリーピデース『タウリケーのイーピゲネイア』 こちらも,ハッピーエンドの悲劇です.「悲劇的ではない悲劇」との比較によって,喜劇とは何かを考えることができるかもしれません.

・トゥーキュディデース『戦史』 アリストファネスの活動した時代はペロポネソス戦争の期間と重複します.彼の喜劇の背景の理解には,この戦争のことを知っておく必要があるでしょう.いまだに,参照・引用されることの多い定評のある翻訳.

・橋場弦『民主主義の源流』 ギリシャ悲劇と喜劇は,民主政を支える装置とされており,詩人は「市民の教師」と呼ばれていたようです.民主政の学びはまずはこの本から.

・澤田典子『アテネ民主政』 列伝体(伝記)による前4世紀末までの民主政の描写.彼らは喜劇の観客でもありました.

・澤田典子『アテネ 最期の輝き』 輝かしい古典期(前5世紀)に対し,前4世紀は衰退の世紀とされることがありますが,民主政は,より成熟し「最期の輝き」を放ったのではないか.アリストファネス(古喜劇)とメナンドロス(新喜劇)の間に,アテナイの政治が辿った変遷を知ることは,喜劇の理解において重要でしょう.

・『図説 古代ギリシアの暮らし』 ギリシャ喜劇は上演されるものですので,美術と,音楽を伴います.さらに,観客は普通の市民であり,その生活を知っておく必要がありそうです.カラー図版の豊富なこの本で,実際のイメージを掴んでください.

・ジャン=ジャック・マッフル『ペリクレスの世紀』 アリストファネスの時代にどういった人が,どのような活動をしていたのか?政治,歴史,科学,特に芸術についての記述はコンパクトですが重要です.

・納富信留『プラトン哲学への旅』 アリストファネスの登場する対話篇『饗宴』のランニングコメンタリーと読める小説.著者のアリストファネスへの讃辞に注目.下ネタ連発の喜劇詩人が,いかに天才だったのか,その一端を垣間見れます.

・プラトン『饗宴』 アリストファネスが登場する対話篇というだけではなく,その構成もギリシャ喜劇と重要な関係のある作品.

・アリストテレス『詩学』 その内容から悲劇論として扱われますが,若干の喜劇論を含みます.喜劇論である『コワスラン論考』を含むこの翻訳がオススメです.

・アリストテレス『ニコマコス倫理学』 神話(や歴史)に登場人物を求める悲劇とは異なり,喜劇ではオリジナルの登場人物の比率が高まり,その性格描写の重要度が増します.哲学者が,性格描写に取組んだ最初期の著作の一つとして,喜劇理解には欠かせないかも.

・テオプラストス『人さまざま』 原題は「カラクテ―レス(キャラクターについて)」.ギリシャ(とローマ)の演劇は面を被って上演されていましたが,その面,つまりキャラクターの種類は時代とともに増加したようです.『ニコマコス倫理学』で分析された性格が,具体例を伴い失笑と爆笑,そして苦笑を誘います.

・アラン ヴィアラ『演劇の歴史』 我々は,本,活字としてギリシャ喜劇に触れるしかないのですが,演劇の歴史を知っておくと,喜劇をより立体的に鑑賞できるかもしれません.

なお,海外の大学では,実際に上演する試みがなされており,YouTubeで視聴できます.

・小林標『ローマ喜劇』 ギリシャ喜劇は,ローマ喜劇に翻案されました.失われた中期,新喜劇の資料としてだけではなく,独自の価値をもつローマ喜劇.その味わい方を教えてくれます.

・『ローマ喜劇集』〈全5巻〉 上の本で面白そうな喜劇に出会えば,是非作品に当たって見てください.全てのローマ喜劇が翻訳され日本語で読むことができます.

・『本当の話ールキアノス短篇集』 ギリシャ喜劇は,古代小説と呼ばれるジャンルの源流ともなりました.風刺や滑稽に溢れたルキアノスの作品は,ギリシャ喜劇の正当な後継者と言えるかもしれません.西洋古典叢書で全訳が進んでいます.そちらもチェックしてみてください.

・ヘーローンダース『擬曲』 1899年に発見された前3世紀の戯曲.ギリシャ喜劇との関連では,そこまで重要ではないのですが笑いの文学の変種として,是非味わっておきましょう.笑えますよ.

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