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サトシ・カナザワさんは,進化心理学的に男の高校教師に恨みでもあるのか?

 心理学の専門でもなく,統計学もほぼ忘れつつある私が,無謀にも心理学の論文を読んで批評しています.誤りがあれば,コメント欄で優しく(ときに厳しく)教えてくれると助かります.なお,私は進化心理学は,ヒトの本性を知る上で重要な学問であるという立場です.

 0.序

『進化心理学から考えるホモサピエンス』72頁にはこう書いてあります.

アメリカの調査では、高校と大学の男性教師は、離婚率が期待値より高く、再婚率が期待値より低いことがわかっている(女性にはそうした傾向はみられない)。おそらく男性教師は繁殖価のピークにある若い女子学生に接する機会が常にあるからだろう。彼らの妻やデートの相手である大人の女性は、女子学生たちと比べて繁殖価では色あせてみえる₅。

 1.もしかして誤訳?

 ちょっと待ってください.「離婚率が期待値より高い」の意味が分かりますか? 離婚の期待値とは何なのでしょうか? これでは男性の高校教員は離婚しやすいと言っているように聞こえます.そこで原著を見ますと,expected rate となっていますね.「期待される率」が直訳ですね.統計(確率)で用いられる「期待値」の訳語は expected value ですから,この部分は明確に誤訳です.

同じ箇所の原文を逐語訳しておきますね.

「例えば,合衆国の男性の高校教員と大学教授の離婚率は予想以上に高く,そして再婚率が予想以上に低い(女性では〔そういったことは〕ない).」
(邦訳版の原文)アメリカの調査では、高校と大学の男性教師は、離婚率が期待値より高く、再婚率が期待値より低いことがわかっている(女性にはそうした傾向はみられない)。

 ですが,訳者を責めるわけにもいきません.だってこのままでは意味が分かりませんから.誰が男性教員の離婚率を予想しているのですか? アメリカでは「教員離婚ダービー」でもあるのでしょうか? 

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 しかし,安心してください.この部分にはきちんと出典が明示されています.典拠となる研究は「教えることは,結婚生活に支障をきたす可能性がある」という論文.ご自身の研究のようですね!これを読めば分かるようです.

2.論文大好き!

Satoshi Kanazawa, Mary C. Still “Teaching may be hazardous to your marriage” Evolution and Human Behavior 21 (2000) 185–190

http://personal.lse.ac.uk/kanazawa/pdfs/EHB2000a.pdf

 ええと…一通り読みました.ロジスティック回帰分析によって分析しているようですね!困りました,ロジスティック回帰分析を詳しく知りません.どうしましょう.統計学の教科書見ながら頑張るしかありません.と言うと,ここで読むのを止めてしまう方が多発してはいけませんので,結論から攻めましょう.論文の冒頭のアブストラクトを読めば分かります.

合衆国の大規模かつ代表的なデータの分析によると,一般的に男性は女性よりも離婚する可能性が低く,中等教育学校(secondary school:日本の中高)の教員や大学教授は,一般的に他の(職種の)人々よりも離婚する可能性が低いが,男性であることと同時に中等教育学校の教員や大学教授であることは,統計学的に離婚する可能性を高めることが示されている(p値<0.05).

 ちょっと待ってください.「中等教育学校(secondary school:日本の中高)の教員や大学教授は,一般的に他の(職種の)人々よりも離婚する可能性が低いが」とあります.結局,一般的に教員は離婚しにくい職種なのですね.本当にこの人は誤解を招く表現を好むみたいです.

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それでは,本文です.ロジスティック回帰分析によって得られた結果を示す表1から何を読み取れるのでしょうか?

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 再婚者(左)と離婚者(右)を区別していますね.中高大の教員であるのか否か,性別,その2つの変数の相互作用,年齢,職業,人種が離婚に与える影響を調べています.

 中高大の教員は離婚しにくく,男性は女性よりも離婚しない,項目「相互作用」が謎です,サトシさんって本当に不親切!この「相互作用」という因子によって教員であり,男性であると離婚しやすくなる可能を指摘しています.

「相互作用」とは何か?誰か分かる人コメント欄で教えて下さい.


 次に年齢が高くなると離婚率を下げ,黒人であることは離婚の要因になると分析されています.
 そしていよいよ教員間の分析に入ります.教員の離婚率の性差を分析するようです.この表は大切なところなので,日本語にしておきます.

表3(左がA,右がB)

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 素直な気持ちでこの表を眺めると,中高大の教員は,それ以外の職種の人よりも離婚率が低く,初等教育の教員よりも低いが,その差は僅かであり,初等教育か否かによって離婚率の差はないのではないかと考えます.
 しかし!!!サトシさんの目の付け所は違うのです.もの凄く奇抜なのです! さすがです.

実際,表3Aの(中高大)男性教員の(離婚する)確率は,(統計学的に)有意ではないものの,わずかに(p値 > 0.79),女性教員よりも高くなっている.

 そしてその原因を,日常的に繁殖価の高い若い女性と接する機会が多いからだと分析しています
 p値>0.79というのは,ご本人も自覚されているように,統計学的に有意ではありません.このデータをもとに中高大の男性教員の離婚率については何も言えません.独り言をいいますよ.

「よく,こんなので査読を通ったな.」

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 さらにいえば,初等教育の教員でも,男性の方が女性よりも離婚率は高く表示されています.きっとアメリカの幼稚園や小学校には妊娠可能な子どもがたくさんいるのでしょうね

 それを発見されたサトシさんの論文って,本当にす・ご・い💛 ご本人は謙遜して何も言いませんが.

3.信念の告白

 残りの議論,ご主張は以上の分析をもとに行います.すると,それはサトシさんの信念(思い込み)の告白です.科学ではありませんので,サトシさんの思い込みに関心のある方は読めばよいでしょう.

 科学者,心理学者は「科学的」な方法で,ご自身の考えを主張されていると思っていらっしゃる方は多いと思います.挙げればきりがないのですが,サトシさんは特に思い込みが激しいようです.73頁に次のように書かれています.

男性は一般に長い髪の女性を好む₆。

この典拠となる文献は,

ナンシー・エトコフ(木村博江訳)『なぜ美人ばかりが得をするのか』

と書かれています.該当箇所は144頁ですね.どのような調査があるのでしょうか?わくわくして本を開くと,

男性の多くは長い髪の女性を好む。

…これだけです.信念の告白をするときは,恥ずかしがらずに「僕(私)は長いの髪の女性が好きです」と言えば良いのですよ.

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