7/4分 第63作 テーマ:スイカ

スイカ。夏の風物詩。楽しかった思い出。

俺はスイカが好きだったけど、唯一思っていたネガティブなことは、「ほとんど水じゃん」。

今思えば、別にそれは、スイカに限った話じゃない。まず第一に、そもそも俺自身がそうだ。人間の身体は80%が水分でできている。

もっと言えば、その人間が暮らしている地球だって、表面積の7割は水なんだ。

水って、俺たちの周りを当たり前のように埋め尽くしている。

そんな水に対して、俺たちはどんな感情を抱いているだろうか。

シャワーを見れば、「浴びたい!」と思うだろう。

プールや風呂に張られた水を見れば、「入りたい!」と思うだろう。

一方で、雨を見ると、嫌な行事が中止になることがない限り、どんよりした気分になったり、落ち込んだりするだろう。

あまりにも激しすぎる雨には、恐怖を覚える人すらいるかもしれない。

では、水に対して「感謝」を覚える人は?

おそらく、砂漠を歩きまわって疲れ果てた商人以外、いないのではないだろうか。

人は当たり前になりすぎているものには感謝をせぬ生き物だ。

失くしてみて初めて、そのありがたみを知る。

だが、失くした時には既に手遅れになってしまうものも多い。

手遅れにならないうちに、はやいこと感謝の気持ちを持てるようになるには、どうすればよいだろうか。そして、感謝の気持ちと引き替えになくなっていくであろう、怒りや憎しみといった感情を、自分の中から完全に消し去るには、どうすればよいだろうか。

それには経験だ。相手と同じ経験・苦労をすれば、感謝の気持ちはそこから、わずかではあるが、芽生えるに違いない。

だから俺は、社会人になってから、副業がてら様々なアルバイトをした。

アマゾンの荷物の仕分けの仕事。

そこで荷物を一切傷めることなく運びきることの難しさを知った。だから俺は今、宅配されてきた荷物が多少雑でも、腹が立たなくなった。

あるいは、飲食のホールの仕事。

客の注文を忘れていたり、届けるのが遅かったり。あるいは、何度も注文を聞きなおしてしまったり。自分がそれらをすべてやらかしたし、その時優しく接してくれる顧客がありがたかったから、自分自身が店員に苛立つことも、もはやなくなった。

同じ立場を経験すれば、人のありがたみはかろうじて分かる。

……俺がどうしても経験できない立場が、一つだけある。それは、俺という人間と関わる、という立場だ。

こればかりは、俺が俺に生まれた時点で、不可能なことが確定してしまっている。

どうすれば俺は、俺と関わってくれる人に、感謝できるようになるのだろう。ひたすら考えてみるのだが。

水に一番感謝できるのが、オアシスの商人なら、人に一番感謝できるのは、

一番人と関わりのない人だ。

そう思って俺は、敢えて人間の世界を離れ、山奥で暮らすことにした。

そうすると、頭の中には常に、今まで関わりのあった人の顔が浮かび続けていた。

しらず知らずのうちに、俺は泣いた。

普段誰にも感謝されない水が、涙という形になって、感謝を表現してくれた。

人間も同じかもしれない。普段は俺から感謝されない人たちが、いざというときに、俺に感謝の気持ちを届けてくれるのかもしれない。

ならば感謝の気持ちを持つには、苦労することである。

一杯他人に迷惑をかけ、お世話になり、そして最後に、ありがとうございます。

そこから巣立って、漸く人は一人前になる。

そしてその時も水は、常にそばにある。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?