人生って不思議なり。さっきゴミ袋を出しにアパートを出て、戻って階段登っている時、階下に住む一人暮らしの隣人の男性が駐車場に止めた車から降りてくるのが見えた。ほんの数秒わたしの行動が遅かったら、彼に会って目を見て挨拶していたわけだ。何かがピッタリくるということは奇跡なんだろうね。
この3年間でかなり情報過多になった。それは意識的にメインではない情報に意識を向けようとの試みからのスタートだった。いずれにしても、少し依存症になってしまったみたい。これからは吐き出す力に集中してみようかなぁ😆どれくらすなおに吐き出すことができるかなのだが。
今ハマってるもの。『ガイアの法則』。かなり興奮気味。地球と共にスピンしながら生きていきたいと思ってます。
今日キヨシローがこの世にいないことが寂しかった。久しぶりに清志郎の動画を一日中流していた。特にタイマーズのものいいね。言葉、音、リズムがみごと融合されている。日本語をめちゃめちゃかっこよく思える。響いている。キヨシローのファンにいまさらなったよ!ラブ💖忌野清志郎
自分が人生で出会った出来事とか、人物とか、風景とか‥さまざまある中で、心に触れるとか、なんか違和感あるとか、ひっかかりのあることがある。 それらを真正面から受け止め、自分の中で見つめて紐解いていくことが、人生における謎をとく鍵になるのか?
人って自分の発表の場が必要なのかな。 発表ってのは、舞台とか人前でしゃべるとか、そういう特別なことではなくて。インプットしたものをアウトプットする場みたいなもの。それはほんの小さな人とのコミュニケーションだったりする。大学教授だった90歳の父を見ていてふと思った。
叡智ということばが、なんか好き。響きも好きだし、この漢字も好き。なんだろう、ここにわたしが求めているものがある!みたいな光がみえるというか、もうなんか好き。
自分の魂になにかが触れる感覚。それを求めながら歩いている。それを求めて歩いている。なんだなんだろう。自分の魂に触れる感覚って、うまく表現できないけど。それに触れるとビビビ〜んと体に電流が走る、体の細胞がざわつくとか、でも快感の方向でね。あ、って意識を自分に戻してくれるような感覚。
アウトプット。 自分が学んだものをどんどん出していかないと便秘になるらしい。 そしてせっかく得たものも、ブラックホールに吸い込まれていって、意味を持たなくなるのだそうだ。 でも、何をどうやって?って、ぐずぐずしている、わたし。