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(超短編小説) 時計草

   時計草が貝塚伊吹の垣根に巻きついて伸び、その濃い緑の壁の隙間から無数の花をのぞかせ咲いている。まるで、暗闇のあちこちから大きな目が一斉にギロリと開いたようで、夏の熱さの中で彩乃は悪寒のような身震いを覚えた。
   時計草は文字通り、長針・短針・秒針を持つ時計に似た花を咲かせるが、西洋では聖なる花だと言われている。3本のめしべはキリストが桀(はりつけ)にされた十字架を表しており、後光を放つような5本のおしべ、針状の副冠花をキリストが頭にかぶった(いばらの冠)と見立て、ガクと花びら各5枚ずつを10人の使徒たちが見守っている様子だとするのである。
 
   「一輪なら面白い花で済むけど、あんなにいっぱいだと気持ち悪いわね」
 「確かにそうだな」
 時計草の苗を植えた張本人である夫の靖夫は、苦笑いしながらも同意した。数年前のひと苗がこれほどの花を咲かせるとは、よほど居心地が良いのだろう。
    「でもさ、面白いのは花が開く時の、めしべとおしべの動きなんだよ」
    靖夫の話によると、時計草の花は、つぼみが開き切る直前までの短い時間に、花粉をつけて上を向いていた5本のおしべは反転して下を向き、直立していた3本のめしベは、おしベを追いかけるように3方向に開き倒れて行くのである。
    「どうやら、自家受粉を避けるための動きらしいんだよ」
    「自家受粉って?」
    植物は花を咲かせ、おしべの花粉がめしべに付着すると、実を結び種を作る。風や虫達がその受粉のお手伝いをするのだが、ひとつの花の中で受粉が行われることを自家受粉という。一方、おしべの花粉が、違う花のめしべに付着することを他家受粉といい、後者の方が遺伝子的には強い子孫を残せるらしいのだ。
    「なるほど。だから、おしべは自分の花粉がすぐ上のめしべにくっつかないように反転するわけね」
   「そういうことだね」
   「でもさ、めしべの動きは、なんだか私はここにいるよ〜って誘ってるようじゃない?」
    「言われて見れば確かに」
   靖夫は、微かに眉間にシワを寄せてうなずいた。
    「ねぇ」「なんだよ」「久しぶりに」
    「明日は早出だから寝るぞ。おやすみ」
     靖夫は寝返りを打ち、彩乃に背中を向け、あっという間に寝てしまった。その背中に張り付いても、聞こえるのは寝息ばかり。
 (もぉぉ〜他家受粉さえ出来ないなんて。我が家の子孫繁栄は、どうなるのよっ)
                                                               
                               (了)         
               別名  パッションフルーツ
        パッションとは(キリストの受難)の意。
              花言葉   聖なる愛


 
    
   


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