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【REVIEW】スフィア・Trysail・田所あずさ……2017年女性声優アルバムを読み解く (下半期というか後半戦)

以前、「花澤香菜・沼倉愛美・小松未可子・水瀬いのり……彼女らの音楽の魅力とは? ? 2017年上半期の女性声優アルバムを読み解く」を書いた、ならば下半期分、後半戦についても書かなければ嘘になるだろう。

当該記事でも書いたが、素朴な歌詞や見慣れたテーマが、彼女らの声色や歌いまわしという名の”演技”にかかると、スッと心に入り込んでくる。微細な変化によって彩りが変わっていく、強い魅力をもった彼女たちの歌いまわしの”演技”に耳を傾けてほしいと思いつつも、音楽そのもののちからにも耳を傾けてほしいと思っている。

同時に、今回は3つの作品のみに絞って書かせてもらった。人間それぞれが独自に持つ声色そのものを使う声優が、存分に唄を歌いあげる、その時点である種の個性や独自性があるわけだが、その点をこれら3作品には強く感じたのだ。

多種多彩に変幻するサウンドを味方にして、自身の歌声を加えて表現するのは、どうしたって孤独な旅路であり、味方が敵のようになってしまうこともある。だがそれ同時に、シンガーとしての野心に溢れた冒険にもなる。今回の3作品は、そういった「今後どうなるのだろう?」という期待値が、心に強く残る作品だ。

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スフィア『ISM』

2007年からもミュージックレインgirlsとしてイベント活動を行ない、2009年2月にスフィアを結成、10年近くともに活動してきた彼女ら4人。2009年4月にデビューシングル「Future Stream」を、2009年12月にデビューアルバムを発売した『A.T.M.O.S.P.H.E.R.E』を発売し、今年2017年に20枚目となるシングル「Heart to Heart」、5枚目のアルバム『ISM』を発売した。

リリースペースを鑑みれば、初期の頃に楽曲を多くリリースし、2014年以降は緩やかに楽曲を発表していった。4人のソロ音楽活動のペースが上がったことと、彼女ら声優活動に集中していったのが大きな要因だ。所属レーベルのミュージックレインからデビューしたTrysailが後輩ユニットとして活動を活発にし、i☆RisやWake Up, Girls!などの声優ユニットも活動を開始して、スフィアは先輩の立場になったのだ。

2009年の活動開始以来、J-POPのアイドルと同レベルのパフォーマンスを披露し続け、アイドル女性声優のイメージを革新し、00年代後半以後の女性声優による音楽活動をより高次元なレベルへと押し上げた数々のパイオニアの1人、スフィアはその1つに確実に挙げられるだろう

おそらくここまでハッキリと言い切っても、トップアイドルにも負けない美貌とパフォーマンスは、当時の女性声優ファンに大きなショックを与え、非常に多くのファンを生み出した。彼女らのあとにシンガーデビューしていった女性声優らに、ビジュアルの良さがファンがどうしても求められてしまったのも、スフィアの大ブレイクが遠因になっていると思う。

そんなスフィアだが、まだうら若き初期のころでは、4人それぞれの声色がまだまだうまく特徴づけられておらず、どうしても一本調子に聞こえてしまうところがあった。だが、8年の音楽活動と声優活動によって磨かれた4人の声とスキルが、今年2017年に発売された『ISM』には<スフィアイズム>として注入されているといえるだろう。

多くのアイドルは(声優を含めた広義的なアイドルも含めて)、多数の声を重ねることで生まれる「圧」でリスナーを翻弄する、初期のスフィアも同じであった。だが今作でのスフィア4人の歌声は、4人の声を重ねずに生まれる「厚」でリスナーを魅了させる、そんな魅力が音のなかから感じられる

ここ数年来のライブでは(今年のアニサマ2017でも同じく)「My Only Place」で4声コーラスのみでのアカペラパフォーマンスを披露し、アイドルグループではなく、ボーカルグループとしての振る舞いになっていたのは印象的で、彼女らのなかでも「ボーカルグループ」としての意識が芽生えているのだろう。

1曲目に迎えられた「SPHERE-ISM」での前のめりなビートとサウンドは、どことなく韓流女性ボーカルグループをトレースしたかのようでもあるが、4人の声を重ねずに生まれる厚でリスナーを魅了させるという意識は、この曲のコーラス部分でうまく機能している。スフィアを長年に渡って追いかけてファンであるなら、どの声がだれのものであるか、瞬時に判断しやすい1曲として感じられると思う。サウンドはこれまで通りのポップなナンバーが揃うが、変化をつづけてきた彼女ら4人の歌声を楽しむのに、このアルバムほどうってつけな1枚はない。

年齢的にもアイドルというにはもう若くはない、年齢をウリにしたパフォーマンスは難しくなっていくだろう。だが、ポップナンバーのなかで見え隠れするボーカルグループとしての魅力は、活動再開後の彼女らのなかでどれほどに大きなものになるだろうか。

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Trysail『TAILWIND』

そんなスフィアの妹分、Trysailの2枚目のアルバムとなったのが本作『TAILWIND』だ。雨宮天・麻倉もも・夏川椎菜による3人組ユニットは、前アルバム『Sail Canvas』以後、麻倉と夏川がそれぞれソロ・デビューし、以前から泥活動をしていた雨宮をくわえ、メンバー3人それぞれがソロ活動をするという時期に入った。声優活動はもちろんのこと、Trysailとしてもライブ・ツアーや横浜アリーナ、ワールド記念ホールでのアリーナライブなどの活動を経た3人。

そういった経験をふまえつつ、「High Free Spirits」「センパイ。」「オリジナル。」「adrenaline!!!」とリリースした4曲は、どの曲も勢いのよい風のように、聴くものの心を後ろからグッと押してくれる力を感じられ、Trysailというユニットのコンセプト・・・「どんな時でも前に進んでいけるように」という願いをきちんと還元した曲たちだ。

うら若き3人の声は、ハイトーンになると同じように響いてしまうことがあり、一本の声色となってしまうところがままある。プロダクション上の都合上に起こった意図していないことなのか、それはわかりかねるところではあるのだが、3人のちからが1つに合わさっていくこの感覚は、いまの彼女たちに非常にマッチしている

雨宮天、麻倉もも、夏川椎菜の3人にしてもまだまだ自分の歌唱と声色の良さをどう活かすかを模索しているのは、今年何度か見たライブイベントでも感じられたことでもあり、今後につながったいくのだろう。

ゆくゆくは3人それぞれのソロ活動が、3人それぞれの個性がうまく表現されたものになれば、Trysailはまた違った変幻をみせるだろう。未来から振り返った時、今作はいまの彼女らの勢いをちゃんと封じ込めた、一つの達成として評価される作品じゃないだろうか

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田所あずさ

風通しの良い、といえばやはりこの作品を忘れてはいけないだろう。田所あずさの『So What?』は、風通しが良さとともに、一気呵成に聴くものの心を捉えにかかる猛獣のような、エネルギッシュさを感じさせてくれる。

2011年10月10日に行われた第36回ホリプロタレントスカウトキャラバン次世代声優アーティストオーディションでグランプリに選出され、2012年に「アイカツ!」の霧矢あおい役としてヒロインデビューした。

2014年にデビューアルバム『Beyond Myself!』を発売し、2016年にはセカンドアルバム『It's my CUE.』を発売した。このころから自身の音楽をロックミュージックとして軸にして制作が始まっており、今作はその延長線・アップグレードという風に捉えてもいいのかもしれない。

その結果、堀江晶太(PENGUIN RESEARCH)、田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)、Q-MHz、滝善充(9mm Parabellum Bullet)、柴田隆浩(忘れらんねえよ)、こだまさおり、楠瀬拓哉(ex. Hysteric Blue)と、田所がリスペクトをおくるLiSAと共に制作している作曲陣だけでなく、ロックフィールドで活躍する作家陣が一同に介した1枚なのだ。

特に素晴らしいのは、堀江が作詞・作曲・編曲した「ストーリーテラー」だ。2つのメロディでハーモナイズするイントロのギターリフから、一気に展開していくサウンドの爽快感は、まさに王道中の王道のガールズロックだといえる。

この曲を中心に揃えられた全14曲、ほぼすべてがハイテンポかつ高圧なロックナンバーが締めており、唯一柔らかい音色が入ってくるのがシングル「DEAREST DROP」のイントロ部分のアコギフレーズのみというほどだ。田淵が作曲し、I've Soundの高瀬一矢が編曲した「僕は空を飛べない」にしてもトランシーなシンセサイザーが入っているので、一種の緊張感が本作を取りまとめているのは確かだ。

だがどうして本作には、むせ返るような男らしさやカッコつけてスカした感覚ではなく、爽快感があとに残っていく不思議な魅力がある。もちろん、メジャーキー進行の楽曲を揃えつつも、「DEAREST DROP」などの印象的なマイナーキー進行の楽曲も含んでいること、ギター/キーボードの音色で織りなされるメロディラインの美しさもあるだろう、それは確かに水樹奈々以降の女性声優×ロックの路線を、LiSAとは違った形ではあるが踏襲している。

重要なのは、ド派手な曲展開とメロディラインを仕込まれたロックサウンドのなかにあっても、暑苦しさを感じさせないクールな田所あずさの歌声が、リスナーの心によく響くことにある。聴き苦しさを感じさせないうるさいガールズロック、こういった作品が出てくるのも、プロミュージシャンとしての緊張感と音楽家としての遊び心が降り混ざる女性声優の制作現場ならではのマジックだろう。

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