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#001 突然に下半身不随宣告された息子。すところどっこい疾風記〜息子とともに駆け抜けた23年間の記憶〜


序章

2024年4月


暗闇の中…。

小さな椅子に腰掛け、足を組み、背中を少し丸めて、前屈みのまま、
一心不乱に爪をかじる…。
いつものシンの仕草だ。
声をかけようとするが声が出ない。

シンに向かって大きく手を振っていると、こちらの気配にやっと気づく。
ハッと顔を上げ、無表情だった顔が急に崩れ、こちらに走り出す。
ボクの目の前に着くなりきつく抱きつき、大きな声を上げて泣き出した。

「ゴメンな。」
シンの背中をさすり声をかけようとするが思うように言葉にならない。
「謝らなアカンことがたくさんあるんや…。」
何度も声に出そうとするがうまくいかない。


夢なのか現実なのかもう区別がつかない。


…この2年間、シンは一言も文句を言わず、ボクたち対して問いただすこともしなかった。

「何でこんな身体になってん!」
「そこ触ると背中が痛いねん!」
という言葉はホントに最期までボク達にぶつけなかった。

ただ…最期の日の早朝、気管切開をし声が出せないシンはいつもの「あいうえお表」を差し
「ゼ・ン・ブ・ウ・ソ」
とつぶやいた。

その時は、今起きていることは全部虚構で、夢から覚めたら
いつもの日常に戻っているとシンは思いたいのだろうと
勝手に解釈していたけど、今になって気づく。
あれは
「みんなが説明していることは全部ウソやん。」
「もうアカンねやろ?」
ってことだったんだ。
良くしてくれた主治医の先生にも助けられない、ましてボクたちにも
どうすることができない病にシンはいつ気づいたのだろう。
ただ親に心配をかけたくないとの一心で、
ギリギリまで信念を貫き通した。でもその思いはその日の朝崩壊した。

結局ボクたちは最期までホントのことを何も言えなかった。
ホントのことを伝えるのが怖かったのだ。

まだ意識がかろうじて残る中、シンはその場にいたボクたち3人を見つめ
人差し指で天井を指し、そのあとに大きくOKマークをボクたちに示した。
「天国に行ってもOK! 大丈夫やで。」
最期まで家族を気遣う優しい子だった。

息が荒くなり、苦しそうに胸が上下する。
そのたびに諦めきれないボクたちは
「頑張れ!早く良くなって家に帰ろうや。」
と性懲りも無く励ます。
するとついに横にいた長男が我慢できずに
「シン、もうええぞ。よう頑張った!楽になり。」
と耳元でささやいた。
次の瞬間、シンは静かに旅立った。
一番大好きだった長男に逝く道を示してもらい、
その顔は安心しきった様に穏やかだった。
苦しかったはずなのに。


その時に受けた悲しみに思いをはせると、シンの23年間に起きた出来事は
全部シンが呼び寄せた奇跡のように感じる。
そしてまるでおとぎ話のように
静かにエンディングを迎えることになるんだ。

今ボクにできることは頭の中に散在するエピソードのピースを
できるだけ多く書き記すことだ

シンが旅立ってから1年ほどは悲しくて、辛くて、もどかしくて。
胸が張り裂けそうな瞬間が日々訪れた。
人間ホントに辛くなると、夢であっても実際に胸が張り裂ける痛みを感じるものだ。
血が流れ、息が荒くなり意識が遠のく。それだけに目が覚めると絶望だけが残る。それは毎日死ぬということだ。これは一生続くのだろう。

元々ボクは仕事柄ショートスリーパーで、その上眠りが浅く、夢をよく見た。
朝起きると8割方その夜の夢を覚えている。
荒唐無稽なストーリーや、子供の頃から続く連続テレビ小説のようなシリーズ物など。寝言も多く、よく家族に話しかけもした。
寝坊したときには効果抜群の暗号があり(ある訳ないが)
「毛先がキュー。」とつぶやく。それを聞いた家族は呆れて二度と起こしてくれなくなる。
その夢がいつしかバラエティ豊かな内容からシン一色に変わっていった。
毎晩必ずシンの夢を見るようになり、目覚めても覚えているので
始末が悪い。現実に戻され夢だと気づいた瞬間に闇落ちする。
最近では匂いや気配まで感じる。
もはや夢では無く頭の中では現実に起きているのだ。
寝言も二人で長々と会話を続け、その会話をちゃんと頭の中では認識し
起きても忘れることはない。


最近の研究では大脳の前頭葉最前部に位置する「内側前頭前野」という
領域では感情の制御や自己認識などの役割を担っていて、機能の一部は
わかりやすく言うと「自分と他人を区別する」場所であるらしい。
しかしその人にとって大切な人に関しては、あまりにも大切な存在であるが故に、自身と区別できなくなるという説が研究されているそうだ。

まあ要するに今のボクの心の中ではシンが存在しているのだ。
シンという存在が確かにこの世に生き、今でもボクの中で生き続けている。決して想い出にはしたくない。

君に言いたかったことがまだたくさんあった。

間違いなく平穏なときは、どの家族より多く話をした。
おしゃべり好きのボクにつきあって、時にはしぶしぶ、時にはおかしく色々な話をした家族四人だった。

でも肝心な時にボクはシンに真実を話せなかった。
その時に受ける衝撃にシンが耐えられるのだろうか。と考えてしまった。
もっと言うとボクに勇気が無かった。

少し遅くなったけど、これからゆっくりと話をしよう。
過去の日記や手帳、写真を見返し、ほぼ真実を積み重ねて
愛すべきシンの人柄を残していこうと思う。

シンはホントに23年間駆け抜けた。
今は悲しいけれど、振り返るとほとんどの時間は笑い転げて日々を過ごしていた。タイトルにある「すところどっこい」もシンの得意な言い間違いだ。
「このスットコドッコイがっ!」のあれである。どこか口の滑りがいい方を憶えてしまうらしい。他には、
「ケイン・コスギ」→「コイン・ケスギ」
「デパ地下」→「デカチパ」
…ロロウニケンシン
…リブアンドテイク
…ニュウセイノンリョウ
…ピョンチキ
…オシクラマンチ
…ナタデコ
…以下限りなく続く。

元の言葉を想像しながら口に出してこれを読んで欲しい。
どことなく元の言葉より言いやすいというか、口が気持ちいいというか。チグハグな言葉だけど、心地よくいかにもシンらしいのだ。

こんなチグハグな、でも心地いい我が家の話を書き残していこう。

病気の記録とともに笑っていただけたら幸いである。


あぁまたシンに怒られるなぁ。
昔からよく怒られる父親だった。
家族の順位は間違いなく一番下で(愛を込めて?)全員から、目を離せば何かやらかして、一手間お世話してもらうような立ち位置でやらしてもらってました。


















































































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