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バングラデシュで飛び込み宿探し、初めての一人旅②

「どこが一番よかったですか?」と旅行が好きですと話すと必ず聞かれる。

相手の好みやその時の自分の気分で答えはいつも変えているが、やっぱり初めていったバングラデシュと答えることが多い。

何が良いのかわからないが、とにかく良いのだ。

本当に一人きり海外にいること、Wi-Fiもまともにつながらなったこと、日本人が全く見当たらないこと、宿も移動手段も人に聞いてその場でなんとかしようとしたこと。

不安で不安で涙が出てくるほどだったが、それだけ刺激的で楽しいことも多い毎日だった。(今となれば)

ラマダーン明けのお祭り

乗り継ぎ地の上海からバングラデシュのダッカへ付き、まずは空港で寝た。夜中は外に出ない。これは教わっていた。

夜が明ける頃、とりあえず外へ出ると隙間がないほど人がいた。しかも全員おじさん。

市内のどこに行けばよいのかわかっていなかったから、とりあえず一人のおじさんに聞いてみることにした。

安いホテル、町の中心、行ける?みたいなことを英語の単語をひとつひとつ。

「オーケーオーケーノープロブレム」

だいたい聞いたらみんなこういってくれる。

そしてそういってくる人はだいたいプロブレム。

100ドルとかいうタクシー代を一応10ドルまで値切り、タクシーに乗り込んだ。10ドルでもかなり高いのは後でわかった。

チープホテール!と勢いよくタクシーは走り、ガタガタの速度制限の段差も気にせず突っ込む。

クラクションを鳴らしまくり着いたのはチープじゃなさそうな綺麗めなホテルだった。旅はまだ先が長かったので値段を聞いて、他のところに行くことにした。

値段を聞いているうちにタクシーは帰ってしまった。

どこ?ここ?


ロンリープラネットの地図を持っていたので周りの人に地図を見せて現在地を確認しようとした。

親切に、興味津々で人は寄ってくるが、地図が読める人はあまりいないようだった。

地図は当たり前にみんなわかるものだと、そんな偏見を自分が持っていたことを思い知る。いや、その当時は、地図も読めないのかよ!!!!!助けてくれー!!!!と叫びたくなっていた。

そんな困ったことになっても、バングラデシュではすぐ人だかりができて、どこからともなく英語が話せる人や宿に詳しい人、うさんくさいガイドなどが集まってくるのでなんとかなる。

早朝、真夏のバングラデシュで、水も買えずにあっちこっち宿に案内してもらっては値段を聞き、納得いかないとまた別の場所を探した。

不安だ、怖いと思っていた割になぜか宿探しだけストイックだった。

そしてどの宿も高いと感じていた原因は、部室でコピーしてきたロンリープラネットが10年以上前のものだったことにある。

物価が変わってあるのだ。地図にある宿もなくなっているのだ。気づけ、若い旅人よ。

結果として、そんなことには帰国するまで気づかず、疲れ果ててエアコン付きのまあまあ高い宿に泊まることになった。

宿探しに付き合ってくれた大学生のおすすめだった。

おすすめされるまえに一度自分でも来てた。

でも、おすすめなんだね!ありがとう!といって泊まることにした。

とりあえず寝て、安全に過ごせる部屋が決まって、気絶するように寝た。

ここから30日かけてネパールのカトマンズまでの旅が始まる。がんばれ!

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