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「Exile on Main Street(メインストリートのならず者)」The Rolling Stones解説


背景と制作過程

「Exile on Main St.」は、The Rolling Stonesが1972年にリリースしたスタジオアルバムであり、バンドのキャリアにおける転機となった作品です。1971年、バンドはイギリスの高額な税金から逃れるため、南フランスのヴィラ「Nellcôte」に移住しました。このヴィラはキース・リチャーズの所有物であり、かつてナチスによって使用されていた歴史的背景を持っています。この場所での録音環境は非常に独特で、ヴィラの地下室を即席のスタジオとして使用し、セッションは多くのゲストミュージシャンとともに行われました。録音は昼夜を問わず続けられ、アルバムの生々しい音質に大きく影響を与えました。

録音はRolling Stones Mobile Studioという移動式スタジオを使用して行われ、技術的な制約と不規則なセッションスケジュールが重なり、独特の音楽的雰囲気を生み出しました。例えば、地下室の湿気や温度の問題が録音機器に影響を及ぼし、その結果、音質に予期せぬ変化が生じました。これがアルバム全体にわたる一貫したルーズさと生々しさを生み出したと言われています。

音楽的影響とスタイル

「Exile on Main Street」は多様な音楽ジャンルの影響を受けています。The Rolling Stonesはそのキャリアを通じてブルースやロックンロールの強い影響を受けてきましたが、このアルバムではさらに深く掘り下げ、他の音楽ジャンルとの融合を試みています。ブルース、ロックンロール、カントリー、ゴスペル、ソウルといった多様な音楽スタイルが一体となり、初期ストーンズの音楽的探求の集大成とも言える作品となっています。

ブルースとロックンロール

アルバムの基盤にはブルースとロックンロールがあります。例えば、"Shake Your Hips"はSlim Harpoのカバーであり、シンプルなブルースリフとリズムが特徴です。また、"Stop Breaking Down"はブルースの巨匠Robert Johnsonのカバーであり、オリジナルのエッセンスを保ちながらもストーンズ流にアレンジされています。これらの曲によってThe Rolling Stonesが初期から追求してきたブルースへの敬意と、そのルーツに対する愛情を表現しています。

ゴスペルの影響

アルバムの中でも特に異彩を放つのがゴスペルの影響です。特に"Shine a Light"や"I Just Want to See His Face"などの曲で顕著です。The Rolling Stonesがゴスペルに傾倒した背景には、彼らのアメリカ南部ツアーの経験が大きく影響しています。南部の音楽シーンで体験したゴスペルの力強さと精神性が、彼らの音楽に新たなインスピレーションを与えましたようです。

このゴスペル的要素の導入は、彼らの音楽の多様性を広げるとともに、バンドメンバー自身の内面的な葛藤や精神的探求を反映しています。ミック・ジャガーの歌詞は、しばしば救済や啓示を求めるテーマを取り入れており、これはゴスペル音楽の精神的な側面と一致しています。

カントリーとアメリカ南部音楽

アルバムにはまた、カントリーやアメリカ南部の音楽スタイルも含まれています。"Sweet Virginia"や"Torn and Frayed"などの曲は、カントリーミュージックの影響が強く、スライドギターやアコースティックギターが使用されています。これらの曲は、バンドが南部ツアーで体験した音楽スタイルに対する敬意を示しています。特に"Sweet Virginia"は、そのリラックスした雰囲気とカントリーの要素が、リスナーに親しみやすさを与えています。

楽曲解説

アルバムは全18曲から構成されており、各曲が異なる音楽スタイルとテーマを持っています。この曲の構成でまとまっているように見えるのは奇跡だとしか思えません。

  • "Rocks Off": アルバムのオープニングを飾るこの曲は、アルバムとしての完成度を狙ってか一曲目にぴったりです。複雑なギターリフとホーンセクションが曲にダイナミズムを与え、アルバム全体のトーンを設定しています。歌詞には疎外感や不安感が描かれており、これがアルバム全体のテーマとリンクしています。

  • "Tumbling Dice": 複雑なリズムパターンとソウルフルなコーラスが特徴のこの曲は、アルバムのシングルカット曲として大ヒットしました。近年はこの曲の評価がどんどん高まっています。


  • "Sweet Virginia": アルバム中盤のこの曲は、カントリースタイルのバラードであり、アコースティックギターとハーモニカが効果的に使われています。リラックスした雰囲気の中に、バンドの多様な音楽的ルーツが感じられます。かなりの名曲だと思います。


  • "Happy": キース・リチャーズがリードボーカルを務め珍しいこの曲は、彼の代表曲の一つです。陽気なリズムとシンプルなメロディが特徴で、ライブでの人気曲でもあります。キース・リチャーズの荒削りなボーカルとバンドのタイトな演奏が一体となり、独特の魅力を放っています。


  • "Shine a Light": アルバムの終盤に位置するこの曲は、ゴスペルの影響が強く、リリカルなメッセージと力強いボーカルが印象的です。ミック・ジャガーの感情豊かな歌唱が光る一曲であり、このゴスペル風の曲を終盤に持ってくることで名盤を打ち出そうとしていることが透けて見え。


アルバムの影響と評価

「Exile on Main Street」はリリース当初、批評家から賛否両論の評価を受けました。音質や一貫性の欠如を批判する声もありましたが、次第にその評価は高まり、現在ではロック史上最も重要なアルバムの一つとされています。アルバムは、The Rolling Stonesの創造的ピークを示し、彼らの音楽的探求と実験精神を象徴しています。

アルバムの影響は計り知れず、多くのアーティストやバンドに影響を与えました。Bruce SpringsteenやAerosmithなどは、このアルバムを自身の音楽制作における重要なインスピレーションとしています。また、アルバムのルーツ志向のアプローチは、1970年代以降のロックミュージックの潮流にも大きな影響を与えました。

なぜ「Exile on Main Street」以降はこのアルバムを超える作品を作れなかったことに対する考察

「Exile on Main St.」は、The Rolling Stonesにとって、音楽的な頂点を極めたアルバムでした。しかし、その後のアルバムが同等の評価を得ることができなかったのには、いくつかの要因が存在します。これらの要因について、私自身の考察を交えて解説します。

まず、「Exile on Main St.」がローリング・ストーンズの音楽的な実験の集大成であり、すべてを解放した作品だったという点が挙げられます。このアルバムは、彼らがそれまでに探求してきたブルース、ロックンロール、カントリー、ゴスペル、ソウルといった多様な音楽スタイルを融合させたものであり、まさにバンドの創造的ピークを示すものでした。これ以上の革新を追求するのは非常に困難であり、次のステップとしてさらなる進化を遂げるのは、難しかったのではないかと思います。これは優れた作品を作ったアーティストが抱える大きな悩みです。

また、年齢の影響も見逃せません。アーティストがデビューから10年以内に最も優れた作品を生み出すことが多いのは事実であり、The Rolling Stonesも例外ではなかったのかもしれません。彼らの創造的なエネルギーは「Exile on Main Street」で頂点に達し、その後に同等の革新性と影響力を持つ作品を作るのが難しくなったのは自然な流れと言えます。

さらに、よく知られていることですがバンド内部の不和とメンバーの変動が、アルバム制作に大きな影響を与えました。このことも要因として挙げられるでしょう。「Exile on Main Street」のリリース後、キース・リチャーズとミック・ジャガーの間の緊張が高まり、作品制作に影響を与えました。また、1974年に優れたギタリストのミック・テイラーがバンドを脱退し、ロン・ウッドが加入するまでの間、バンドの音楽スタイルには変動が生じました。

さらに、1970年代後半から1980年代にかけて、音楽シーンは急速に変化しました。パンクロックの台頭やディスコの人気など、新しい音楽ジャンルが次々と登場し、The Rolling Stonesの伝統的なロックンロールスタイルは一部のリスナーにとって古く感じられるようになりました。時代の変化に適応することは、バンドにとって非常に難しい課題でした。この変化により、彼らの音楽が新しい世代のリスナーにとって魅力的に映らなくなり、ローリング・ストーンズが得意とするルーツ志向の音楽スタイルを開花させるのが難しくなったのです。得意分野での評価が求められない状況では、「Exile on Main Street」を超える作品を作り出すのは非常に困難になってしまいます。


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